透叫
透叫の空は青かったが、常に灰色のもやがかかって暗い空だ。
今は夏だというのにほとんどの日が曇り空のようで、時折射す陽の光の強さと気温の高さが、唯一夏を感じさせていた。
陽の光をほとんど浴びる事ができず、作物の育ちは年々悪くなっている。
原因は排気ガスや生活排水による環境汚染や、森を切り崩し、湖や池をゴミの埋立地にしたために空気を浄化する機能がなくなったからだ。
それによって空気が淀んで空が灰色に染まってしまった。
そんな透叫に住む人間達は、環境保護やエコロジーを唱える一方、自分達の便利で贅沢な生活を変えることはなかなかできずにいた。
環境のことよりも、自分のことで精一杯だったからだ。
「はぁ…」
暗くなり始めた住宅街を、路咲樹乃はため息をつきながら歩いていた。
街灯がぽつぽつと並ぶ道に、学生やサラリーマンが帰路についている。
学生達のはしゃぐ声を聞いて、樹乃はさらに気分が沈んだ。
飲食店でバイトをしている樹乃は大学生で、学費と生活費を稼ぐのに必死だった。
「明日のバイト、休もうかな…」
独りごちる言葉に憂鬱さが混じる。
『路咲くん、休憩入っていいよ』
バイト先の店長、四黒高時が言う。
その言葉に樹乃は嬉しさも感じずに、分かりましたと返事をした。
それは“休憩室へおいで”という隠された言葉が潜んでいるからだ。
バイト代をはずむからと、休憩室に呼ばれて猥褻行為をされ始めたのはもう2ヶ月も前だった。
確かにバイト代は今までの1.5倍は増えた。
でも休憩所での、店長の罪悪感と危機感と欲望に歪んだ顔が今でも恐い。
『かわいいねぇ』
そう耳元で囁いて荒がる息に、全身から拒絶反応が出る。
もう限界だと、樹乃は感じていた。