透叫
もやに隠れた夕陽もすっかり落ち、真っ暗になった道を街灯が頼りなさげに照らしている。
やがて分かれ道に差し掛かったとき、いつもの一方通行の立て看板の横に、黒く四角い物が設置されていた。
「え?」
樹乃は間近に寄って見ると、それは黒いポストだった。
否、ポストに見立てた物だ。
回収時刻が書かれているはずの正面には、赤黒い字でこう書かれていた。
─願叶の箱―
このポストへ紙に願い事を書いて投函すれば、願いが叶う。
ただし、願いと同等の人数が不幸になる。
他人を犠牲にして願いを叶えるかは自分次第。
そして願いの合否はポストが決める。
「なにこれ…。気味悪い」
樹乃はそう呟いてさっさと帰ろうと思った。
願いを書いて投函するだけで、願いが叶うわけない。
それに他人を犠牲にするなんて、そんなの…あるわけ…。
そこまで考えて樹乃は踏み出そうとした足を止めた。
他人を犠牲にするなら願いは叶う?
ごくりと唾を飲む。
普通、常識のある人なら他人と引き換えに願いを叶えようなんて考えない。
でも、大したことない願いなら、犠牲もきっと…。
樹乃は鼓動が耳に鳴り響くのを聞きながら、鞄から手帳とペンを出した。
そして汗ばむ手でメモ欄にさらさらと文字を綴っていく。
手帳からそのページを破り取り、半分に折って心が揺れ動かないように勢いよくポストへ投函した。
「…なにも起きない。やっぱりハッタリか…」
紙を入れてから数分待ったが特に変化はなく、樹乃はそう呟いて足早に帰路へ戻った。
街灯に妖しく照らされた道に立つ、黒いポスト。
樹乃がその場を去ってから、ゆっくりと下の方から消えていった。