透叫


四黒店長とのことはもちろん話してない。
というか半分、存在自体忘れてた。

「どうして…?」

服を畳む手を止めて動揺が表に出ないよう、必死に隠しながら樹乃は言った。

「本来なら店長代理に就いた日に行くべきだったんだけど、余裕がなくて、結局今日まで伸びちゃったんだ。
まだ代理のままだけど、いつかは店長になりたいから、その旨も伝えようと思って」

高宮は手を休めることなく答え、楽しそうに笑う。

店で働いている高宮は本当に活き活きとしていて、見ていても気持ちがいいくらいだった。
働きを見習う店員も、接客される客も、高宮がこの仕事を心から楽しみ、愛しんでいることが分かる。

そんな高宮を樹乃は本当に好きだった。
でも、店の為とはいえ四黒に会うのは不安だ。

「ほんとうに行かなきゃいけないの?」

樹乃の不安そうな声に高宮は手を止めて樹乃の隣に座り直し、彼女の肩を抱いて自分の胸へと寄せた。

「どうした?そんなに俺と離れたくない?」

からかいを含んだ言葉に表情では笑いながら、やはり樹乃は不安だった。

四黒店長が自ら言うとは思えない。
でも会ってほしいとも思えない。

「大丈夫。すぐ帰ってくるよ」

高宮はそう言って樹乃の頭に右手を添え、そっと口づけした。
樹乃は目を閉じてそれを受け入れる。

胸を覆うもやもやは少しずつ晴れていくようだった。
樹乃はただ、幸福感と鼓動の高鳴りに陶酔した。


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