淡く儚い月に見守られ
翌日杏奈は仕事に向かう車の中で畑中にある頼みごとをしていた。

「畑中さんお願いがあるの」

「なに杏奈、杏奈の方から頼みごとなんて珍しいじゃない」

普段の杏奈は仕事でもプライベートでも頼みごとなどほとんどした事が無く、もちろん仕事も文句も言わず与えられた仕事をするにもかかわらず、今回ばかりは杏奈の方から頼みごとをするなんて珍しいなと思っていた。だがこの時ばかりはとんでもない事を言いだした杏奈。

「この前オーディションに合格した映画の事だけど、あれ辞退したいの」

そう言う杏奈であったがその声はとても小さく、口ぶりは大変申し訳なさそうな言い方だった。

「何言っているのよ、あなた初めて映画の主役をもらえたって喜んでいたじゃない」

「そうだけど、でも撮影が始まると忙しくなるでしょ、遥翔さんのお見舞いに行けなくなっちゃう」

「それは確かにそうだけど、でもあなたそれでいいの? またとない大きなチャンスを自ら放棄する事になるのよ」

「それでも構わない、今のあたしにとっては遥翔さんのお見舞いに行くことの方が大事なの。幸いな事にまだ撮影には入ってないわ、それどころか顔合わせもまだじゃない。だったら今のうちなら辞退も可能でしょ?」

そこまで遥翔の事が好きなのかと思った畑中であったが、当然畑中も簡単には引き下がれなかった。
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