今すぐここで抱きしめて
飯田くんは腕を掴んだまま、何も言わない。


おもいきり腕を振り切ってもびくともしなくて、


「何もないなら離してくれない?」


そう言っても、掴まれている腕に圧がかかるだけだった。


「もう、いい加減にっ、ちょっ……」


ずっと視線を避けて前だけ見ていたけれど、いつまでも離してくれない飯田くんに業を煮やして、振り返ったと同時に抱きしめられた。


すれ違う人が何事かと不審がりながら通り過ぎていく。


「やだ、離してってば!!」


腕の中で必死にもがいても、がっしり抱きしめられた腕は簡単にはほどけなくて、


山瀬さんとは違ったフローラル系の香りが私を少しクラクラさせた。


わたし、今、何してるの?


なんで、飯田くんの腕の中にいるの?


混乱する頭の中の問いに答えなんて見つからず、結局、彼が話し出すまで身動きがとれなかった。


< 31 / 45 >

この作品をシェア

pagetop