ジャンクブック
青春サイダー
■青春サイダー
「青木センパーイ」
オレの言葉にセンパイは反応しなかった。なぜって、彼の視線の先には、彼の想い人がいるからだ。
窓の外、運動場でバト部の練習中の彼女。黒髪に、健康的な褐色の肌。子犬みたいな笑顔は単純にチョーかわいい。オレの目から見てもそう。ちょべりぐ?なうい?まあ、そんなもん。
ああいう女の子って自分がどう見えたらかわいいかとか、常に鏡見てチェックしてんだろうなあ。ブサイクを見て優越感に浸ったりさ。それが許されるから、かわいい、んだろうけど。
卑屈になって、やつの悪いところを探してみる。たとえば、あいつは賢そうに見えたバカだ。だって前ンとき、彼女の通知表をチラっと見たらアヒルがいっぱい生息してた。いや、でもオレだってバカか。アヒルどころかペンギンだし。
えーと、じゃあ、あいつは運動ができない。でもそういうのがかわいいッてオレのダチが言ってた気もする。
じゃあ、なんだ。そうだ。たとえば、センパイの恋心に気付いていて誑かしているような、ところとか。
「なんか呼んだ?」
青木センパイが目を向こうに向けたまま、口だけを動かした。ギンギラギンにさり気なくない太陽に照らされても、半袖のカッターシャツから覗くのは、相変わらずの不健康そうなまでに青白い肌。夏に似合わない、つくづくそう思う。
だって、センパイの横顔ってすっごく涼しげ。前から見るとそうでもないけど。鼻筋がすっと通っているし、晒された首筋が真っ白くて細長いんだ。ノンフレームのメガネがジェントルそうで、エレガントってやつ。意味は知んない。カタカナってなんかオシャンティー。
でも、よくダチンコに言われる。てめーとあいつ、なんかちげえよッて。そりゃあ、かたや図書委員長で成績優秀、かたや学校で煙草吸うバカ。なんであんなやつとつるんでンのってさ、笑う顔、思い出してむかついた。
だから掻き消すように口を開く。
「青木センパイ、ねえ」
あいつのこと好きなんスか。
結局、言いかけて、黙る。なんとなく、言えなかった。センパイは未だ向こうを見たまま。オレはじっとセンパイを見つめたまま。
淡く弾けてしまいそうな感情がオレの中で湧き上がってくる。しゅわしゅわ。視界の端に映った気泡が出口を求めて上へ上へと登っていく。彼の黒髪が水中を漂う。透明な炭酸の中で息ができなくなる。息が──。
気が付けば、彼の肩に手をかけて、乾燥した彼の唇に口付けていた。柔らかそうな彼女のとは違う、かさかさの薄い唇。
センパイが驚いて目を見開いていたけれど、オレだって驚いていた。驚いていたけれど、まあ、落ち着いてもいたような気もする。
この一瞬の、気まぐれ。ほんの少し刺激が欲しかっただけ。そうだ、弾けたんだ。聞こえてきたのは、サイダーみたいな音。
「のど乾いたんスけど」
しゅわしゅわ、ぱちん。そんなかんじ。