そのキスの代償は…(Berry’s版)【完】
黒いマジックで大きく殴り書かれていたその文字に
私は息をのんだ。


心当たりは一人しかいない。

彼女は会社役員の令嬢。
だからっていい年の大人の女がこんな子供だましのようなことを
どうしてするのだろうか?

どうして会社がこんな私信を給与明細に入れるのを
許したのだろうか?

おまけに今まであった昇給が…
今年はなかった。

契約したら…と言ったはずなのに…


やはりそんな都合のいい約束は、存在しなかったのだろうか?










もう終わったはずの苦い思いが込み上げてきた。
それと同時に、下腹部に鈍い痛みを感じた。

「みずき君…」


私はしばらく座席を倒して、横になり目を閉じた。







どうして…どうして…どうして…
溢れそうな涙を堪えていると心が震える。


刃物を振り上げる目つきの鋭いあの人が瞼に浮かんだ。
私は身構えるように目を強く閉じ、ギュッと両掌を握った。
今度はそれと入れ替わりに、泊まった翌朝の
穏やかな寝顔のあの人もよぎった。

私の家から足早に立ち去るときの、切ない瞳をしたあの人も…


どうして私の前から消えてくれないの?

どうしていい思い出だけが浮かばないの?

どうしてあの人をひと時でも愛してしまったの?
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