くろこげのホットケーキ
10. 「まくろびおてぃっく、って言うんだっ・・・
10.
「ま く ろ び お てぃ っ く、って言うんだって」
湖山さんがやたらとゆっくり発音したマクロビオティックが、一体なんなのか一瞬分からなくてきょとんとしていると、湖山さんは得意そうに笑った。
「マクロビオティック、な?知らねーだろ?なんだよな、それ、って俺も最初思った。」
「あぁ、マクロビオティック・・・」
「あれ?知ってるの?」
可愛いな、と思う。その気持ちを上手く利用して元気に明るく湖山さんをからかう。いつもと同じだ。なんだ、よかった、俺、まだ、できる。
「菅生さんが教えてくれたんだー」
・・・っと・・・。ずいぶん嬉しそうに言うじゃないか。ちょっと、痛い。
「へえ」
意外と難しい。できるだけ何の気持ちも込めずに言う、この一言が。目をそらすついでに、機材を入れたバッグを背負いなおす。アスファルトが街頭の下でランニングマシーンのように後ろに後ろに行くのを見つめる。
湖山さんがこっちを見ているのに気付いて、湖山さんを振り向くと、湖山さんは少しびっくりした顔をする。何か、言いたいことがあったのか、あぁ、訊きたいことかな、それとも、また、言い出せない事?
「駐車場、ある?その店・・・」
いつからこんな風に適当な話題を探すのが上手くなったんだろう、と自分に感心する。どきんとすることがあってもぎゅっとすることがあっても、なんとか見繕うことを覚えて久しい。 駐車場の車庫番号を確認しながら、さり気なさを装う。
「うーん・・・あったかなあ。ショップカード貰ってきたら良かったな。ごめんね。」
「まぁ、無くてもね。東京の真ん中にあるほうが珍しいし。コイン探せばいいから・・」
湖山さんがいつものように助手席に座るのを見届けると、なぜだか少しホッとする。後部座席に荷物を積んで、運転席に乗り込んだとき、膝の上に組んだ湖山さんの手を見てしまう。大きな腕時計が巻かれた細い手首。しなやかな指を組んで、小さな膝頭と綿パンの張る太腿の上に置かれているのを見た時、ふと、薫のスーツの膝頭を思い出した。
「湖山さん、スーツは着ないんですか?」
「え・・・?スーツ?」
「うん。」
エンジンを掛ける。答えなんかどうでもいい。何か言わずにいられなかっただけだ。