relations
「わしも、少し重い病気だったんじゃよ」
「私のお母さんは、昏睡状態なんです。見ればわかると思いますが」
「わしが、あの人を知ったのは偶然じゃった。病室が隣りでな、間違えて、入ってしまったんよ」
おじいさんの病室は448号室。暗かったら間違えるだろうなあ、私でも間違えそう。
「わしのベットがある場所に、誰かが横たわっておった。ありゃ、これは間違えたよとおもったんじゃよ。その時、名前を見たんじゃよ。隣の人はこんなにべっぴんさんとは思わんかったわい、わはははは!」
おじいさんは、愉快に笑った。病院内におじいさんの声が響く。看護士さんは、少しこちらを気にかけて、視線を手元に戻した。
「そのときじゃな、名字に驚いた。わしは、岩手で生まれて、そのあとすぐ名古屋へ行ったからなあ…『躑躅森』なんて名字知らなかったんじゃよ」
「…岩手県内でもめずらしい名字ですから…わからなくて、当然だと思います」
「だから印象的だったんじゃよ。わははははっ!」
院内に、また声が響き渡る。それにしてもこの時間まで、おじいさんはここにいて大丈夫なのだろうか。
「…そうじゃ、お嬢さん、これだけは言っておこう」
おじいさんは、遠くをみつめながら、目を細め、言った。
「縦の物は、横にしなさい。横にしないのは駄目だよ」
「……?…はい」
「それじゃあな」
おじいさんは、病院の廊下の暗闇に消えた。
私はしばらくして、かあさんには会わず、帰った。今日は、会う気分にはなれなかった。