りんどう珈琲
第1話
竹岡の海は今日も凪だ。内房の小さなこの町は、館山や千倉とかの南房みたいな観光地でもないし、木更津のように都内からも近くない。だから夏の1ヶ月あまりの海水浴シーズンが終わると、急に静かになる。わたしは時計をちらっとだけみると、自転車のペダルをこぐペースを上げる。放課後の補習が長引いたから、今日は学校を出るのが遅れてしまった。4時からのアルバイトに遅れないように急がないと。もっとも4時に遅れても、マスターは気づきもしないだろうし、どうせお客さんなんていないのは目に見えているんだけど。
海からの風が、何日か前までの重い湿気をまとったものから明らかに変わっている。いつのまに夏は終わったのだろう。そしてどうして夏の終わりは、こんなにも心がそわそわするんだろう? 春の終わりにも、秋の終わりにも、こんなふうな気持ちにはならないのに。わたしは自転車を立ちこぎをしながら、そんな事を考える。波打ち際で、今日もいつもの黒ブチの野良犬がひとりでフラフラしている。いつもの町の、いつもの放課後。季節だけが、またひとつ過ぎた。
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