りんどう珈琲

 海岸沿いの国道から海を背にして細い道を入り、さらに小さな路地を曲がった先に、わたしがアルバイトをしている「りんどう珈琲」がある。カウンターが5席とテーブルが3つの小さなお店。不揃いの古い家具たちは、不思議とその小さな空間にしっくりとおさまっている。路地に面して大きな窓ガラスがあって、それがこのお店の大きな特徴だ。いつでも外からお客さんがいないのが見えるのは、いいのか悪いのかわからないけど。今日もマスターがカウンターでコーヒーを淹れている。間違いなく自分用だ。わたしはドアを開ける。玄関に付けられた安っぽいベルがからんからんと鳴る。マスターいわく、このベルがあってこそ、喫茶店なんだそうだ。

「ただいま。今日も暇ですね」

「おぉ。おかえりひい子。コーヒー飲む?」

「いただきます」

 わたしのことを「ひい子」とか「ひい」と呼ぶのはマスターだけだ。わたしの名前は波岡 柊。マスターいわく、名字も名前も一息で言えないのが面倒なんだそうだ。

「今日はお客さん、何人来たんですか?」

「さっきは国道まで行列してた」

 マスターはいつもうそつきだ。そしていつも、わたしを明るい気持ちにさせてくれる。

 マスターはいつも音楽を聴いている。わたしはあまりよくわからないけど、たいがいは外国の古い歌。マスターはおそろしくたくさんのレコードとCDを持っていて、それをいつも愛おしそうにプレーヤーにセットする。わたしはそれを見るのが好きだ。ボブ・ディランもビートルズもビーチボーイズも、わたしはここで知った。わたしのiPodには、Greeeenやケツメイシしか入っていないから、もしここで働かなかったらそんな音楽はずうっと聴かなかったと思う。今日も知らない音楽がかかっている。女の人。日曜日の午後みたいな歌声だ。


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