紫陽花ロマンス
1. 紫陽花色の傘
突然降り出した大粒の雨に逃げ惑う人々。
交差点で信号待ちをしていた人たちは近くの店舗の軒下へ、悠々と道を歩いていた人たちはショッピングモールの自動ドアを潜って店内へと慌てて駆け込んでくる。
蜘蛛の子を散らすようにとは、まさにこのことか。
二重になった自動ドアの内側に収まりきらなくなった人たちが、濡れた髪や服を拭いながらぱらぱらと店内へと入ってくる。従業員が急ぎ足で傘を入れるビニール袋のスタンドを運んできて、出入り口へと設置しているけれど今のところ需要はあまりなさそうだ。
ぱっと見たところ、傘を持っている人よりも持っていない人の方が多いようだし。
誰もが必死な顔をしているはずなのに、笑みを浮かべているようにも見えてしまうのは何故だろう。きっと、この人たちは濡れながらも余裕があるんだ。生活の余裕じゃなくて、心の余裕。
彼らを横目で見ながら、私は肩から下ろしたショルダーバッグから折り畳み傘を取り出した。
ちょっとした優越を感じながら、私にだって余裕はあるんだと言い聞かせながら。
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