紫陽花ロマンス


「こんにちは、やっと見てくれた」


と、大月さんが微笑みかける。


あまりにも驚いて、商品を流していた手を止めてしまった。すると大月さんが慌てて、


「ごめんごめん、早くして」


と小声で促す。
大月さんの後ろにも、お客さんがずらり並んでいる。ここで手を止めたら迷惑でしかない。


動揺しながらも、一気に商品を流し切る。


誰も傘を持ってないけど、もう雨が降ってるの?


などと訳のわからないことを考え始める私は、完全に混乱している。


「十七時までだよね? 少しだけ話せる?」


大月さんがお金を支払いながら声を潜める。他のお客さんに気づかれないようにと、さり気なく振舞って。


なんだろう、この感じ。
ドキドキするのは、周りの人に見つからないようにしてることに対して?


「はい」と一言返すと、


「じゃあ、一階のフードコートのアイスクリーム屋さん近くで待ってる、ありがとう」


『ありがとう』を強調して、大月さんは去っていった。


後ろ姿を見送る間もなく、私は次のお客さんを捌き始める。


だけど、ずっと胸はざわめいたままだった。





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