紫陽花ロマンス


雨はまだ降り続いている。
相変わらず雨足は強く、視界は悪い。


しかも足元はびしょ濡れ。
いつの間にか、走っていたから仕方ない。だって、早く逃げてしまいたかったから。


さっきより雨粒は小さくなったのか、傘を打つ雨音は少しだけ弱くなった気がする。


ふと見上げたら、あるはずのない黒い傘。驚いて振り向いた。


私の傘の上に黒い傘を掲げているのは、さっきの男性。
目が合うと、


「駅まで行くの? だったら、駅まで送らせて」


と恥ずかしそうに会釈した。
傘からはみ出した肩と腕が、袖から透けて見えるほど濡れている。


「もう、いいですって言ったじゃない……本当にやめてください」


もしかすると、ヤバい人なんじゃないかとさえ思えてくる。そんな私の気持ちを察したのか、


「ごめん、やましい気持ちは全くないんだ。ただ、傘を壊したお詫びをしたくて……」


彼は、再び平謝り。


本当に訳が分からない。


どうして、そこまでするの?
やましい気持ち以外の何があるの?
胸の中で疑問が渦巻いてる。


それでも、彼が嘘をついているようには思えないのは私の甘さか。いや、彼の目は本気で申し訳ないと言ってるように見えるから。





< 12 / 143 >

この作品をシェア

pagetop