紫陽花ロマンス
雨はまだ降り続いている。
相変わらず雨足は強く、視界は悪い。
しかも足元はびしょ濡れ。
いつの間にか、走っていたから仕方ない。だって、早く逃げてしまいたかったから。
さっきより雨粒は小さくなったのか、傘を打つ雨音は少しだけ弱くなった気がする。
ふと見上げたら、あるはずのない黒い傘。驚いて振り向いた。
私の傘の上に黒い傘を掲げているのは、さっきの男性。
目が合うと、
「駅まで行くの? だったら、駅まで送らせて」
と恥ずかしそうに会釈した。
傘からはみ出した肩と腕が、袖から透けて見えるほど濡れている。
「もう、いいですって言ったじゃない……本当にやめてください」
もしかすると、ヤバい人なんじゃないかとさえ思えてくる。そんな私の気持ちを察したのか、
「ごめん、やましい気持ちは全くないんだ。ただ、傘を壊したお詫びをしたくて……」
彼は、再び平謝り。
本当に訳が分からない。
どうして、そこまでするの?
やましい気持ち以外の何があるの?
胸の中で疑問が渦巻いてる。
それでも、彼が嘘をついているようには思えないのは私の甘さか。いや、彼の目は本気で申し訳ないと言ってるように見えるから。