紫陽花ロマンス
「綺麗な色だね、萩野さんは紫陽花が好きなんだ」
私の少し後ろにいた大月さんが、一歩進み出たのがわかった。
さっきまで腕一本分は開いていた距離が、腕が触れそうなほど近づいているのがわかる。体温まで伝わってきそうで怖い。
でも避けるのも変だし、触れてくる訳じゃないから気づかないふりを装った。
「うん、好き。今日は晴れてるけど、梅雨のうっとおしい時期に鮮やかな花が目立ってて、元気になれる感じがするし」
「僕も、好きだな。さっきの店で傘を見てた萩野さん、とてもいい顔してたよ」
とくんと胸が鳴る。
恥ずかしくて、怖くて振り返ることができない。大月さんは、どんな顔をして言ってるんだろう。
「あっ、この花、同じ株なのにグラデーションしてる」
とっさに話題を変えた。
嘘じゃない。確かに、目の前のピンク色を帯びた花から横に視線を移すと、青い色を帯びた紫色の花に変わっている。
「土が酸性なら青色に、アルカリ性なら赤色になるっていうよね。だけど、そんな風に考えるのは好きじゃないな」
視界の端に映る大月さんが、ちらりと私を見る。
「私も……」
紫陽花の花を見つめながら、答えた。