紫陽花ロマンス
私は彼に背を向けて、歩き出した。
もはや、何と返せばいいのかわからない。断ったところで彼は引き下がってくれないだろうし。
ショッピングモールから最寄の霞駅まで、大通り沿いの広くてまっすぐな歩道を速足で歩く。綺麗に舗装してあるし、歩き慣れた道なのに、歩きやすいはずの道なのに、今はとても歩きにくくて何度も足がもつれそうになる。
だけど……
こんな時に考えることじゃないけど、男性と一緒に歩くなんて久しぶり。ましてや相合傘しているなんて何年ぶりだろう。
いや、違う。
間違えてはいけない。
ときめきなんて、とうの昔に置いてきたはず。今さら抱くわけないんだから。
妙な胸のざわめきに気づいたら、さらに嫌気が差してくる。この雨だけでもうんざりしているというのに。
湧き上がる気持ちに歩調が狂い始める。不自然な足取りに気づいた彼が、
「大丈夫? もう少しゆっくり歩こうか?」
などと後ろから声を掛けてくれるけど、絶対に振り向くものか。
「大丈夫です」
前を向いたまま、きっぱりと返した。
早く駅に行こう。
駅に着いたら、すぐに彼と別れるんだ。