紫陽花ロマンス


「お疲れ様」


と言って、大月さんは立ち上がった。


まだ笑ってるみたいに見えるのは、気のせいじゃないと思う。そんな顔をされたら、恥ずかしいくて顔を合わせられない。


もう、帰ってやる。
なんて冗談だけど、そっぽを向いていたら顔を覗き込まれた。


「行こうか、霞駅の近くの店なんだ」


大月さんが歩き始める。
私も隣に並んで歩き出す。


もし私たちが付き合っているなら、ここで大月さんが手を握ってくれたりするのかな。私が大月さんの腕に、腕を絡めたりするのかな。


そんなことが頭に浮かぶ。
全然考えるつもりのないことなのに、どうしてだろう。


おかげで胸がドキドキしてきた。


歩いてる大月さんの横顔は、なんて事なさそうな感じ。そんなことを考えているのは自分だけかと思うと、悲しいよりも少し腹が立つ。


大月さんが振り向きそうになったから、急いで目を逸らした。


すると通路の向こうから、一組のカップルが歩いてくる。


背筋が凍りつく。
私を取り巻く音が消えて、時間が止まったような感覚。








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