紫陽花ロマンス
アパートの前で立ち止まり、名残惜しさを胸に大月さんと向かい合う。
「今日はありがとう、楽しかったし、本当に嬉しかった」
後に続けたい言葉があったけど、飲み込んで頭を下げた。
「僕も嬉しいよ、ありがとう」
優しい言葉をくれる大月さんと目が合ったら、急に胸が苦しくなる。
もしかしたら、これが最後になってしまうんじゃないか。恐怖に似た気持ちが込み上げる。
傘を貰ったし、誕生日だと食事にも連れて行ってくれた。梅雨が明けてしまったら、雨が降らなくなったら、もう会えなくなるかもしれない。
とん、と背中を押されたような気がした。
「大月さん、あのね……もし迷惑じゃなかったら、また会える? 大月さんの暇な時でいいから」
やっと言えた。
精一杯の勇気を振り絞って。
声だけじゃなく、指先も震えてる。
「もちろんだよ、僕はもう付き合ってると思ってたのに」
大月さんはふわりと微笑んで、私の手を取った。きゅうっと胸が締め付けられて、頬が熱くなる。
「ひとつお願いがあるんだけど、聞いてもらえる?」
恥じらいながら、大月さんが手を握り締めた。
まさか……
このシチュエーションは?
込み上げる予感に、くらくらしてきた。