紫陽花ロマンス


だけど、彼は受け取らない。
ふんわりと穏やかな笑顔を見せた後、彼はきゅっと口元を引き締めて。


「いいよ、悪いのは僕だから。傘はちゃんと弁償させてほしい、自分の気が済まないから」


まだ言ってる。


そこまで言われると、誠実なのか単にしつこいだけなのか疑わしくなってくるじゃない。


とにかく、早く退散すべし。


「本当に結構です、安物だから全然気にしないでください、失礼します」


『全然』という言葉に力を込めた。
言い終えてしまう寸前に歩き出す私を、再び彼が引き止める。ぐいと腕を掴んで。


「ちょっと待って」


彼は斜め掛けしたバッグから手帳を取り出して、急いで何やら書き込んだ。


「気が変わったら連絡してよ、僕はいつでも弁償させてもらうつもりでいるから」


手帳から破って手渡された紙には、彼の名前と携帯電話の番号が書いてある。


『大月桂一 090ーXXXXーXXXX』





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