紫陽花ロマンス


「ただいま」


と言っても、家には誰も居ない。


単なる癖だけど、言わずにはいられない。そうでもしなくちゃ、ここは空っぽの家。話し相手といえば、光彩しかいないのだから。


狭い玄関の土間にベビーカーを置いて、照明のスイッチに手を伸ばす。半畳ほどの小さな玄関ホールが、照明の白い明かりに染まる。左側には洗面所と浴室、右側にトイレ、正面のドアの向こうは台所兼リビング。


部屋に入る前に玄関ホールにトートバッグを下ろして、まずは洗面所でうがいと手洗い。


それが済んだら部屋に入って、光彩をテレビの前に座らせる。


「晩ご飯作るからね、いい子にして待っててね」


と優しく言い聞かせたら、子供番組を点けて。テレビから流れる聴き馴染みのある音に、光彩が引き寄せられる。


今のうちにお米を洗って、炊き上がるまでの間に洗濯物を取り入れなければ。


子供ひとりでテレビを観せるのは言葉の発育に悪影響だと聞くけれど、この時間だけは仕方ない。


それでも、いつもおとなしくテレビを観ていてくれる訳じゃない。ずっと私にすがり付いて離れてくれない時もある。そんな時はおんぶ紐で背負って洗濯物を取り入れたり、ご飯の準備をするしかない。


< 23 / 143 >

この作品をシェア

pagetop