紫陽花ロマンス


どうして、今頃降るの……
雨は結構な勢いで降っている。


恨めしく空を見上げていたら、彼が言った。ガラス越しに店内を覗きながら。


「止むまで入りませんか? しつこいけど傘のお詫びに、ご馳走そうさせてよ」


本当にしつこい。
だけど、それで彼の気が済むならと頷いてしまった。


席に着いてすぐに後悔。
予想していた以上に緊張する。会話なんて弾むはずもなく、重い沈黙が圧し掛かってくる。


アイスコーヒーのグラスに挿したストローを無意味にくるくると回して、コーヒーとミルクの混ざり合うのを目で追う。ぷかりと浮かんだ氷をストローで沈めたり、グラスに触れる氷の涼しげな音に耳を傾けたり。


俯いた私の視線の先で、彼がくしゃくしゃになったストローの抜け殻を指で丁寧に伸ばしてる。



何か話さなければと思うのに、言葉は浮かんでこない。アイスコーヒーを口に含んで、窓の外へ目を向けた。


カフェのガラスの向こう側には、色とりどりの傘が揺れながら通り過ぎていく。


雨はまだ止みそうにない。





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