紫陽花ロマンス
「傘は……何色を買ったんですか?」
窓の外を見ていた彼が、私へと向き直る。目が合う前に顔を伏せて、ストローに指を絡めた。
「淡い紫色です」
また、嘘をついた。
「僕が壊したのと同じ色? 好きな色ですか?」
柔らかな声から、彼が微笑んだのがわかる。ちくりと胸が痛む。
「はい、紫陽花っぽい微妙な紫色が好きなので……」
「いい色ですよね、本当に申し訳なかったです。あの……この近くで働いているんですか?」
遠慮がちに尋ねて、彼がグラスを握った。氷が揺れる音が、耳に心地よい。
「はい、ショッピングモールの中のスーパーで働いているんです」
「ああ、やっぱり……二、三日前に霞駅から歩いているところを見かけたから。朝七時頃だったかな、ショッピングモールの方に向かってたから近くで働いているのかなぁと思って」
一昨日だ。品出しの手伝いのために、一時間早出をした日のことにちがいない。
「声を掛けようかと思ったけど急いでいたみたいだったし、僕も電車の時間が迫っていたから」
彼の声がさっきよりも軽やかに聴こえるのは、グラスの中で踊る氷の音と混ざりあっているからだろうか。