紫陽花ロマンス
思ったとおり、彼はきょとんとしてしまった。
「仕事を辞めたのは、上司と合わなかったからだろ? 仕方ないよ、誰にでも苦手な人はいる。我慢して続けても体を壊すだけだよ」
「違う……私は働かなきゃいけないんです。子どものために、生活していくために……私、シングルマザーだから」
一気に吐き出して、目を伏せた。
揺らいだ視界を暗闇に封じ込めて。
一瞬で空気が変わったのがわかる。
私は馬鹿だ。
彼が精一杯フォローしてくれたのに。傘の代わりとはいえ、せっかくご馳走してくれると言ってくれたのに。
きっと幻滅された。
大粒の涙が溢れた。
ぽたり、ぽたりと落ちていく。
昼間見た元旦那と彼を奪った後輩の姿が、脳裏に浮かび上がってくる。
「そうなんだ、カッコいいよ、ひとりで育児も家事も仕事もしてるなんてエラいと思う。僕なんて、ひとり暮らしなのに何にもできないから」
再び蘇ってくる二人の姿、表情を素早く掻き消してくれたのは、彼の声だった。沈み込んでいく私の腕を掴んで、引っ張り上げるような力強い声。
恐る恐る見上げたら、彼がにこりと微笑んだ。