紫陽花ロマンス


「姉ちゃん、職場に未練あるの?」


今まで黙って話を聞いていた充が、ぼそっと口にした。『未練』という言葉に胸が揺らぐ。


「未練? あるよ、今の仕事よりお給料もいいし土日祝休みだし……続けてたらよかったなあって」


でも仕方ない、
辞めちゃったんだから。


それに、本当は戻りたくない。


社員だったら育児が落ち着いたらパートさんとして復帰することもできるけど、私は復帰するつもりはない。会社としてはよかったけど、嫌な上司や元旦那や旦那を奪った後輩になんか絶対に会いたくない。


また、昼間のことを思い出しそうになる。かき消してくれたのは母の声。


「さあ、ご飯できたわよ。美空、運ぶの手伝って」


振り向いたら、台所から大きなお盆を抱えた父がやって来る。大皿にたっぷり盛られているのは天ぷら。


「私も手伝います」


朱理ちゃんが立ち上がった。
充も負けじと後に続く。


台所に立つ母の傍で並んだ朱理ちゃんと充は、とてもお似合いだと思った。



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