紫陽花ロマンス
7. 牽牛と織女



「萩野美空さん」


突然、フルネームで呼ばれた。
聴き覚えのある声。


顔を上げたら傘を壊した彼、大月さんがにこりと笑みを見せている。


ちょうど十七時になったからレジを閉めるため、『休止中』のプレートをレジ台に置いたところに現れたお客さんが彼だった。


Tシャツにジーンズ、足元はサンダルというラフな服装は今日が日曜日で仕事が休みだからだろう。


「お仕事、もう終わりですか? よかったら、今から少しだけお茶でも行けませんか?」


彼は柔らかな口調で、昨日見せたばかりの優しい笑顔を見せる。何のためらいもなく。


どうして、そんな顔ができるの?
彼だって、覚えているはず。


よく知りもしない彼の前で、あんなに自分を暴露して泣いた私の情けない姿を。


元旦那と彼を奪った後輩を目撃した後、どうしようもなくなってしまった自分を思い出して恥ずかしくなる。


正直なところ、穴があったら入りたい。穴の底をさらに掘り進めて、思いきり深いところまで。







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