紫陽花ロマンス
「もう、とっくに帰ったと思ってたよ」
私に見られていたことに気づいたのか、彼は少し照れ臭そうに笑った。
「はい、ちょっと買い物してたので……」
戸惑いながらも答えたけど、買い物してたのは嘘じゃない。でも、傘を買ってたなんて言えない。
「あ……」
彼が声を漏らしそうになって、慌てて口を噤んだ。
私が体の後ろに隠した傘を見つけたらしい。不自然に手を後ろに回していたのだから、見つかって当然だろう。
「ごめんなさい、もう傘を買ったなんて嘘です。帰ろうとしたら雨が降ってきたから、仕方なく傘を買ったの」
開き直って言い放った。
彼は咎めるでもなく、穏やかな顔で私を見つめてる。どうせなら、嘘つきと罵ってくれた方がいいのに。
「そうか、雨降ってるんだ……今日は子供さんは? 実家に預かってもらってるの?」
「はい、日曜日だから保育所は休みなので」
「そうか、ごめん。昨日聞いたのに……僕って馬鹿だ」
彼は首筋に手を回して、軽く掻きながら恥ずかしそうに笑う。