紫陽花ロマンス
「もしよかったら、傘持ってないから一緒に入れてもらっていい? 家、ここから近いんだけど……」
「え……」
「ああ、家は駅の方向だから、ごめんね」
固まってる私に、彼が慌てて付け加える。
私がすぐに返事することができなかったのは、彼の家が駅と反対方向だったら嫌だなと思ったから。もしかすると、心を読まれたのかもしれない。
そこまで言われたら断れない。
駅に向かう途中なら、少しの間だけ一緒の傘に入ってもいいや。
彼に妙な気持ちはなさそうだし。むしろ、さっき彼が見ていたカップルのことが気になる。
尋ねたい。
でも心の中には、尋ねるようなことじゃないと引き止める私がいる。彼のことなんか構わず放っておけと。
そんな葛藤など全く知らない彼は、涼しげな顔をして歩く。私にペースを合わせてくれてるけど、会話は続かない。
やっぱり、何かある。
彼は何か考えているのかもしれない。
ふと彼が通路の傍に視線を注いだ。私も彼の後を追った。