紫陽花ロマンス
店を出たら、雨は小降りになっていた。これぐらいなら駅まで走って行ける。いっそ彼に傘を渡してしまおうかと考えてしまう。
傘を広げると、
「僕が指すよ」
と彼がさり気なく取り上げた。
傘を掲げる彼の腕は、細くて華奢に見えたのに意外と引き締まっている。
「大月さんは何か運動されているんですか?」
思わず尋ねてしまった。
何をいきなり……と思ったのだろう。彼はくすっと笑う。
「少し前までジムに通ってたけどやめた。今は家でダンベル触るぐらい。それより敬語やめてよ、タメ口でいいって」
「あ……はい」
「はい、じゃない。うん、でいいよ」
「うん」
彼がにこりと微笑んだ。
すごく恥ずかしい。
「顔、上げてよ」
俯いていると彼が呼びかける。
「あの短冊、萩野さんにも笑っててほしくて書いたんだ。だから笑ってよ、ね」
百円のビニール傘は小さくて、顔を上げたら彼の顔が思ったよりも近くにあった。
胸のざわめきが収まらない。
何だろう、この気持ちは。