紫陽花ロマンス
珍しく光彩が、素直にベビーカーに載ってくれたから安心した。ちゃんとレインカバーを掛けているから、雨に濡れる心配はないし。
ベビーカーを押した私は、大月さんと傘の下。大月さんと肩が触れないのは、私たちの間にバッグがあるから。
大月さんがバッグを持ってくれて、濡れないようにと気遣ってくれている。傘からはみ出した大月さんの肩が、濡れてしまっているのが見えて申し訳ない。
初めて大月さんに出会った時と同じだと思いながら、ベビーカーの持ち手を握り締めた自分の手を眺めていた。
いつものように何かに追われる訳でもなく、ゆっくりと歩く速度が心地よい。
耳を傾けたけど、傘を打つ雨音は聴こえない。もう間もなく止みそうなほど、雨は小降りになったようだ。
「名前、何ていうの?」
ふいに投げ掛けられた言葉に、私は首を傾げた。だって少し前、仕事中に現れた大月さんにフルネームで名前を呼ばれたのだから。
あの時、名札を見たんじゃなかったの? まさか、もう忘れた?
答えられずに戸惑っていると、
「あ、ごめん。子供さんの名前……萩野さんは『美空』でしょ?」
と大月さんが笑った。
よかった。
覚えていてくれたんだ。