紫陽花ロマンス
「光彩(みさ)です、光るっていう字に彩りと書いて、『みさ』って読むんです」
「可愛い名前だね。光彩ちゃん、お腹空いたね、早く帰ろうね」
大月さんがベビーカーを覗き込んで、光彩に微笑みかける。だけど光彩の返事はない。
きっと見たこともない男の人に話し掛けられて、驚いているのだろう。泣き出したりしないか、内心ひやひやした。
「あ、光彩ちゃんと萩野さん、イニシャルにすると同じなんだね」
「はい、実は私の実家の家族全員、同じイニシャルなんですよ。実は名前をつける時に意識したんです」
言ってしまってから気づいた。また余計なことを話してしまったと。
「へえ、面白い。いいなあ」
大月さんは感心してくれてる。そんな彼に、他意など全くなさそうだ。
「家は近いの? いつも歩いてるの?」
次の交差点を曲がったらアパートが見えてくる頃、大月さんが尋ねた。
「はい、そこの角を曲がってすぐです。歩くのは苦にならないから大丈夫」
大月さんがくすっと笑う。
どうして笑ったのかわからなくて見上げたら、
「タメ口でいいって言ったのに」
と目を細める。
とても穏やかで優しい顔。