紫陽花ロマンス
バッグを二つ肩に提げた大月さんが、ベビーカーを担いでアパートの階段を上ってく。その後ろから私が、光彩を抱いて上る。
大月さんの背中を見上げながら、頼もしいと思った。
「どうぞ、上がってください」
玄関の鍵を開けて促す。
決して本意ではないけど、傘を貸してくれて服まで濡らしてしまったから。送ってくれると言われた時から、覚悟はしていたし。
「いや、帰るよ。荷物はここでいい?」
大月さんは、小さく首を振る。玄関の土間に片足だけ入れてバッグを置き、ベビーカーを土間に立て掛けて玄関の外へ。
彼の肩が濡れている。
「ちょっと待ってて」
光彩を抱っこしたまま、家の中に駆け込んだ。きょとんとした顔の彼を残して。
戻ってきた私の手元を見て、大月さんが口角をゆるりと上げる。
「これ、使って。肩濡れちゃったから」
差し伸べたのは、以前に大月さんに借りたハンドタオル。光彩が私の首にぎゅうとしがみついた。
「ありがとう」
大月さんの柔らかな声が、胸に染みる。
口から出そうになる言葉を飲み込んで、ぐっと堪えた。