はじまりは政略結婚
「待って!」

智紀は私に、玄関まで見送ることを要求してきたりはしない。

だから、今みたいにリビングで別れるか、すでに出勤した後のことがほとんどだ。

だけど今朝は、そんな形で別れることが嫌だった。

「ん? どうした?」

小走りで駆け寄る私に振り向いた智紀は、怪訝な顔をしている。

呼び止めた理由が自分自身でもよく分からないまま、彼を見上げて言葉を探した。

何を言いたいのか、何を伝えたいのか。

その答えにもう少しで辿り着きそうな気がするのに、今はまだ分からない。

「えっとね……。時々は、愚痴も言ってくれたら嬉しいかなって。智紀って、私の前だといつも笑ってばかりでしょ?」

すると智紀は一瞬、呆気に取られた顔をして、そしてため息をついた。

その姿に、すかさず後悔の念が押し寄せる。

まさか、重いとか思われていたらどうしよう……。

「あっ、ごめんね。出勤前から、ウザイこと言っちゃった。全然、気にしないで」

誤魔化すように笑った私を、智紀は恨めしそうに見ている。

「ホントだよ。出勤前に、なんてこと言うかな」
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