はじまりは政略結婚
智紀はすっかり眠っているし、ここからタクシーを拾えば実家に帰れる。

父には叱られるだろうけど、その時は兄に泣きつけば、きっと助けてくれるはず。

それから、政略結婚の話をゆっくりさせてもらえば、今の状況がいかにおかしいかが、分かってもらえるんじゃないか。

そう思い、ゆっくりと布団から体を出し、ベッドを降りようとした時だった。

「由香……」

智紀の声がして、一瞬で固まり血の気が引いていく。

逃げ出そうとしたことがバレたら、どんどん束縛されそうだ。

生唾を飲み込み振り向くと、そこにはそれまでと変わらない、彼の寝姿があった。

「あ、あれ? まさか、寝言……?」

ゆっくり近付くと、やっぱり気持ち良さそうに眠っている。

それは、完全に安心しきっている感じで、きっと私が逃げ出すだなんて、考えてもいないんじゃないかと思う。

「そういえば、お風呂上がりに、私がいることにホッとしてたっけ……」

それがもし、明日の朝目が覚めた時、私がいなかったら、どう思うだろう……。

「智紀、私の夢でも見てるの?」

微笑んだままの寝顔を見ていると、逃げようとした気持ちがしぼんでいく。

こんな不意打ちで逃げるのはフェアじゃないと言い聞かせて、私は彼の隣に再び横になると、目を閉じたのだった。
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