はじまりは政略結婚
「……香。由香」

誰かが、私を呼んでいる声がするけど、眠たくて目がなかなか開かない。

「由香、起きろよ。朝だぞ?」

ああ、そうだ。この低いけど、聞き取りやすい声は、智紀のものだ。

どうして、この人の声がするんだろうと思った疑問は、すぐに解消された。

そうだった、私たち一応『婚約』したんだっけ?

私は全く認めていない、政略結婚という名の婚約を……。

「ったく、寝起きが悪いとは知らなかったな」

ああ、ほら。智紀がブツブツ文句を言っているから、起きないといけないけど、低血圧な私は朝がかなり弱い。

まぶたが重いのと、まだうつろな意識の中で答えることが出来ないでいると、唇に柔らかい感触を覚えて目が開いた。

目の前には彼の顔があり、一気に頭が冴えてくる。

それに気付いた智紀が唇を離した。

「やっと起きた。お前、寝起き悪いんだな。ほら、早く起きないと遅刻するぞ? いくら、職場から近くなったといえさ……」

ブツブツ文句を言いながら、すでにスーツ姿の彼は、姿見でネクタイをチェックしている。

さすが、軽そうに見えてもそこはテレビ局の副社長だけあって、時間にはうるさそうだ。

「今、何したの……?」

ようやくベッドへ起き上がった私は、恥ずかしさを感じながら智紀を見つめた。

「あれ? 分かんなかったか?」

すると彼は振り向いて足早に私の側へ来ると、両手をベッドにつき、おもむろにキスをした。

「姫をキスで起こすのは定番だろ?」

いたずらっ子のような笑みを浮かべた智紀は、呆然とする私を残して部屋を出たのだった。
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