はじまりは政略結婚
「涼子、やめろ」

智紀はゆっくり涼子さんを離すと、テーブルに置いてあった書類らしき冊子を手に取る。

おそらく、打ち合わせの資料か何かだろう。

「智紀……。私がキスをしても、何とも思わないの?」

声を震わせる涼子さんは、問い詰めるように智紀を見つめていた。

「思わないよ。涼子も、祐也を裏切ることはするなよ。あいつ、お前に本気だから」

素っ気なく言った智紀が身を翻そうとして、私は慌ててその場を離れる。

まさか、盗み見していたと知られてはマズイ。

不自然なほどに全力疾走をし、廊下を曲がったところで立ち止まる。

そして息を整えながら、さっきの光景を思い出していた。

涼子さんの話ぶりだと、かなり前から智紀を好きだった様に思えて、兄への気持ちは何なのだろうと考えてしまう。

それに、動揺を見せない智紀からも、彼も涼子さんの気持ちを知っていた様に思えてならなかった。

「お兄ちゃんは、このことを知ってるのかな……」

涼子さんを嫌いになりたくはないけれど、兄の気持ちを裏切っているなら、今までと彼女への接し方が変わりそうで怖い。

それに、それだけじゃない。

この胸につかえるようなモヤモヤは何だろう……。

自分の気持ちが整理出来ないままでいると、背後から男性が声をかけてきた。

「失礼ですが、百瀬様。副社長がお探しです」
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