はじまりは政略結婚
そんな忙しい智紀なのに、わざわざ私を探してくれているのは嬉しい。

一体何の用なのかと思いながら副社長室へたどり着くと、バッグを目の前に差し出された。

これを取りに戻ったことなんてすっかり忘れるほど、さっきのキスシーンは衝撃的で、バツ悪く受け取った。

そんな私に智紀は呆れ顔を浮かべながら、デスクの書類を取り上げて眺めている。

「あ、ありがと……」

突っ立ったままそれを抱え、次の言葉を探していた。

あんなことがあったのに、智紀はまるでいつもと変わらなくて、動揺しているのは私だけみたいだ。

「ん? どうかしたか、由香」

イスに座らないのは、一応私を見送ろうと思ってくれているのか、書類を持つ手を下ろした智紀が私に視線を向ける。

それにますます動揺した私は、とにかく何かを話そうと、とっさに口にしていたのは、さっきの警備員から声をかけられたことだった。

「さっきの警備員の人、後ろ姿だけで私って分かったのよ。それに驚いちゃった」
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