イチゴアメ

「お疲れ様。」
言いながら靴を脱ぐマミさん。
私もそれを真似てローファーを脱いだ。
細いヒールのパンプスを揃えて置くマミさんの靴の脇には、パンプスやスニーカー、ラバーソールや厚底パンプスなんかもこれもまた整列して並んでいた。
そんな靴の駐車場状態のそこに、私もロ
ーファーを並べて置いた。
畳の上を進むマミさんの後をついていくと、マミさんがミオと呼んでいたあのコが座布団ごと横に動いてスペースを開ける。
そこにマミさんは座り、私を見上げた。
「あ。えっと…なに、ちゃん?」
「え?」
突然の問に目を瞬いて首を傾げる私をマミさんは見上げたまま「名前。」と言った。
名前を尋ねられ、「宮本沙月」と素直に名乗る。
「サツキちゃん。だって。」
私の名前をテーブルに座るみんなにもう一度伝えた。
「あたし、ミレイ。ここ、座る?」
あたし。と、自分を指差してからフランス人形のようなフワフワヒラヒラのミニドレスを着た金髪パッツン前髪の女の子が、ここ。と今度はテーブルを指差した。
そしてお人形のようなミレイちゃんは、すっと立ち上がる。
服装も顔も可愛らしい姿には違和感を覚える程意外と長身なミレイちゃんは立ち上がるとテレビや雑誌の中のモデルさんのように細かった。
「ミレイ、パンダたちのとこいくね。」と言って、もうひとつのちゃぶ台に向かうミレイちゃん。
パンダたちと指し示されたちゃぶ台の方でもみんな座布団ごとスペースを寄せ合い、空いたとこにミレイちゃんが座る。
「サツキちゃんも座って。ミレイのいたとこ。」
マミさんの促しに従い、空けられたスペースの座布団に座った。
そこは、ミオさんの隣でもありマミさんから一人飛ばした席。
髪の毛の色だけでなく、ロッカーのお兄さんのようなヴィジュアル系バンドをやってそうなちょっと女の子としては近づき難い見た目のミオさんは外見は派手でも面倒見の良いひとなのか、私の前にお店のメニューを広げてくれた。
メニューへと視線を向けていると、ミオさんは慣れた手つきで急須から湯呑茶碗へとお茶を注ぎ、メニューの脇に置いてくれた。
そんな行動とは裏腹な外見に、少しビビってしまっている私は「ありがとう。」と、ミオさんに礼を言った。


「瓶ビールお持ちしました。それから烏龍茶の方…と、…」
おばちゃんの店員さんが、座敷の入り口から顔を覗かせてビール瓶を一本づつ並べてゆく。
すると向こうのテーブルに座っていたコたちがビール瓶や烏龍茶の入ったグラスを受け取りに行く。
「ミレイ、オレンジジュース」
はーい!と真っ直ぐ手を上げたミレイちゃんは席に座ったまま。
ビール瓶や烏龍茶の入ったグラスが、バケツリレーのように、ちゃぶ台へと置かれていった。
「注文お願いしまーす!とろろ蕎麦!わさび大盛りで!と、…サツキちゃんは?」
座敷の入り口あたりにいる店員さんのおばちゃんに向かって声を張ってマミさんが言う。
私もマミさんを真似て声を張り、「ざるそば一つ!」とおばちゃんに向けた。
「はい。ちょっと待っててね。」
おばちゃんはそう言って階段を降りていった。
そんな店員さんとのやりとりの間、ミオさんはビール瓶の栓を抜いて周りのコたちが並べた4つのグラスにビールを注ぐ。
ビールが注がれたグラスはまたバケツリレーのように、誰かが誰かに渡していき。
すぐにみんなの手元に飲み物が届いた。
「サツキちゃんはお茶で良かったの?」
ミオさんの向こうからひょこっと顔を覗かせたマミさんに尋ねられた。
確かに飲み物は注文していない。
今更店員を呼んだりするのもなんだかめんどくさいく感じたし、お小遣いもたくさんあるわけではないので、マミさんの言葉に頷いた。
「じゃあ……。ツアー初日お疲れ様でしたー!」
マミさんがまた声を張って言う。
するとみんなグラスを持ち、口々に「お疲れ様でしたー!」と言って乾杯。
見慣れる光景に戸惑いながらも、湯呑茶碗を取り持ち上げる。
すると、隣に座ったミオさんがグラスを合わせてくれて、続いてマミさん、同じちゃぶ台についてあとの3人の女の子たち、それから席を立ってみんな一人づつと乾杯して回るミレイちゃんがグラスと湯呑茶碗を合わせてくれた。
湯呑茶碗に口をつけてお茶を一口飲む。
目の前に開いたままだったお店のメニューを閉じると、ミオさんがそれを畳に置いた。
ライブを見て、同じライブを見た同じヴィジュアル系バンドが好きな女の子たちと友達になってみんなで夕飯だなんて、ヴィジュアル系バンドが好きな友達のいない私にとっては夢見たいな現状ではあるが、なんだか思っていたより大人数で、思っていたようなお店とは違い、ドキドキした期待はどこかに吹き飛んでしまった。
なんなんだろう。これは。
ライブを見て「お疲れ様会」って、なんだか不思議だ。
まるで文化祭の後のよう。
「サツキちゃんはさ、よく来るの?ブルームーン。」
さっきの乾杯で空にしたのだろうか。空のグラスに手酌で瓶ビールを注ぎながらミオさんが聞いてきた。
ブルームーンというのは、今日私が見に行ったライブに出ていたバンドの名前で、私が大好きなあの人がギターを担当しているバンドの名前だ。
今日でライブを見に行ったのは3回目で、去年に一回と今年に入って今日が二回目。
「よく」ではない気がしたけれど、ここに居るのはみんなブルームーンのファンのコだと思うとなんだか得体の知れない競争心が芽生えてしまい、ミオさんの言葉に頷いた。
「へー?ブルームーンは、なにが好き?」
続けて尋ねられ、私はミオさんにあの人の名を告げた。
「ユキ。」
大好きなバンドのメンバーの名前を口に出すというのは、照れ臭い。
「…あー…ユキ様の大ファンなんだ。ねー、マミさん。サツキちゃんもユキの客。」
そう言ってミオさんはマミさんの肩に手を置いた。
ミオさんと反対側の隣に座る誰かと喋っていたマミさんは、こちらに振り向いて私を見る。
「えー。うそ。ユキ様大好き?私もユキ様大好き!!」
満面の笑みを見せたマミさんは丸いちゃぶ台に身を乗り出して私を見た。
マミさんもユキのファンだったんだ。
「新曲の歌詞好き?ユキ様魂感じられるよね。情景浮かぶよ!みたいな!!」
テンション高く少し早口にまくし立てたマミさんは、ここに来るまでに見せた横柄な態度なんて感じられず、アイドルにキャーキャー言ってるクラスメイトの女子のよう。
マミさんの言ってる新曲の歌詞の情景っていうものは、私にはイマイチぴんと来なかったが、同じくメンバーのファンという共通点が嬉しくて。
「そうですね。大好きです。」
と、話を合わせた。
「サラちゃんもユキ様ムーンなんだよ!ねー!」
サラちゃん。と、私のミオさんではない側の隣に座った女の子を手のひらを翳して示すマミさん。
サラちゃん。と言われたヒトへと視線を送ると、私の10歳違いの一番上の姉と同世代に見える女性は会釈をしてきた。
「あ。どうも。」
つられるようにして会釈を返した私を見て、サラさんは微笑んだように見えた。
「サツキちゃんは何年生?高校生だよね?」
学生服を着ているわけだから高校生にしか見えないであろう私にサラさんは聞いた。
もし中学生に見えていたならショックだ。
「高校一年です。」
「あらやだ。16歳?」
サラさんからの問に首を縦に振って答えを示す。
「一回り違う。同じ干支よ、私達。」
私達。と、自分と私を指し示すサラさん。
「へー。16歳なら私の5こ下でミオの2つ下?」
同じ干支らしい私とサラさんを見ながら、マミさんは言った。
「最年少と、最年長。」
それを聞いて、私とサラさんを指差して笑い出したミオさん。
そんなミオさんを「こら、ミオ。ヒトを指ささない。」と、注意するサラさんはやはり女の子というより大人の女性なんだなって思った。
でも、それより気になったのはミオさんの年齢で。
私の二つ上なら、ミオさんは高校三年生で。でも、くいくいとビールを空けていく。お酒に酔っ払ったような雰囲気もない。
ミオさんの隣でビールを飲むマミさんは少し顔が赤いのに、マミさんより早いペースでビールを飲むミオさんは全く素面に見えた。
「ミオさんは、高校三年生?」
そんなミオさんに尋ねると、ミオさんは首を横に振る。
「私、早生まれだから学年だとサツキちゃんの3つ上。こないだ卒業した。」
説明してくれたミオさんは、また空になったグラスに瓶ビールを手酌する。そして、空きそうになったマミさんのグラスにもビールを注いだ。
「ミオも昔はサツキちゃんみたいに髪の毛黒くて可愛らしかったのにねー!」
「ちょっ!サラさん。ウザい、それ。」
含み笑いで茶化すように言ったサラさんを、再び指差すミオさん。
「だから、指差すなって。」
「もー。オバサンは小言が多いなー。」
「ミオ!」
言い合い始めた二人。
「お待たせしました!お造りと、キツネ蕎麦と……」
そこに先ほど飲み物を持ってきた店員のオバサンが料理を運んでくる。
また向こうのちゃぶ台の女の子たちみんなが席を立ち、料理をちゃぶ台の上へと運び出す。
「ウチら、下行ってきまーす!」
席を立ったうちの二人のコは、階段を降りてゆき、その背中に店員のオバサンは「いつもありがとうね」と声をかけた。
「ここのお店はよくみんなで来るんですか?」
ふと湧いた疑問を口にする。
「そうだね。今日の会場だったハコでやる時はいつもここ。」
私の疑問にはミオさんが答えてくれた。
「人数増えちゃったし、ここならバンギャも他にいないから楽だし、安くて美味しいしね。」
と、サラさんも言う。
バンギャ?ハコ?二人からもらった言葉に、知らない言葉が混ざっていたけれど、気にならない振りをした。
なんだか知らないことが恥ずかしい気がして。
今ここで誰かに尋ねたくなかった。


下行ってきまーす!と言っていたコ達は料理を階下から運んできたらしい。
ちゃぶ台に一人一品づつのお蕎麦で、何故かミオさんだけがお刺身だけ。
席を譲ってくれたお人形さんみたいなミレイちゃんも細いけど、ミオさんも負けない位細い。
中肉中背の平均的な私から見れば羨ましいスタイルだけど、そうするにはヘルシーな食事がやっぱり必要なのだろうか?
みんなそれぞれ「いただきます。」と口にして食べ始める。
私もそうして箸を割った。
お蕎麦はサラさんの言うとおり、美味しい。
さっきまでは、みんながみんな個々におしゃべりをしていた空間でざわめいていたが、お腹がすいていたのはみな同じようで、蕎麦をすする音だけが辺りに響く。








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