ヤンキー君と異世界に行く。【完】
「ラス!ラス、待って!」
仁菜が叫ぶと、やっとラスは立ち止まった。
だけど、こちらは見ない。
「ラス……ちゃんと話をした方がいいよ。
シリウスさん、なにかおかしかったもん……」
どうして彼が、わざとラスを傷つけるようなことを言ったのか、仁菜には想像もつかない。
けれど、何かわけがあるはずだ。
(それにシリウスさん、あたしに「ラス様を頼む」って言った……)
本当にどうでもいい相手のことを、そんな直前まで気遣うだろうか?
あれは、仁菜を信用させるための演技だったのか、それとも。
「……知らないよ。いいよ、もう。
ついてきたくないやつは、来なくていい」
ラスはまた歩き出す。
「どこへ行くの?」
仁菜は早足でついていく。
「魔族の森に決まってるじゃないか!
早く風の樹の実を手に入れて、俺が無能じゃないってことを思い知らせてやるんだ!」
振り返って怒鳴ったラスを見て、仁菜は何も言えなくなった。
彼は、泣いていたから。
ぽろぽろと、真珠のような涙が、アクアマリンの瞳から流れていた。
そんな彼は今にも崩れてしまいそうなガラス細工みたいに美しいけれど、仁菜は胸に痛みを感じた。
いつも王子としての誇りを忘れなかったラスが、傷ついて泣いている……。