嘘つき男。


「ーーシン!」


はっ、と気がつくと、私は椅子に座って楽器を構えて、サッチーに怒られていた。


「基礎練、見て欲しいんでしょ?
うち、後で後輩の見なきゃだから、ぼーっとしてないで、ほら、さっさと吹く!」

「…ごめん。」


そう言って、冷たいマウスピースに口をつけて、情けない音を出した。

…恋って、難しいな。
下手したら、勉強よりも難しいや。

基礎練が終わったら、バスパートのパート練に合流して、後輩も見なきゃいけない。


そうか、三年生なのか。

七月には最後のコンクール。
それが終われば引退。
それからは、勉強、勉強、勉強…


ぼーっとなんかしてられない。


「よしっ!」


いきなり声を上げた私に、サッチーは一瞬驚いたみたいだけど、いつもの私に戻ったことに安心したみたいだ。

四分音符、八分音符、十六分音符、三連符…

さっき西野がマウスピースで吹いてたのと同じリズムで、メトロノームに合わせて吹いた。


穏やかな日が差す、春の日。






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