魔王様に召喚


あまりのことに怒りも忘れた。
目の前に広がるのは明らかに日本ではない場所。
騙されとふんかともおもったけど、本能が違うと叫んどる。
空も、大地も、風も、においも、空気も、光でさえ今までなじんできたものと明らかに違う。





ーーほんまに、知らんところにおるんや。




ただ目の前の荒野を呆然と見続けるしか出来ひん私の視界にひらひらと手があらわれた。伸びてきた方向にゆっくりと視線をさまよわせれば、男の心配そうな視線とぶつかった。


「大丈夫ですか?いきなりのことで驚かれて…ってうわ、ちょっ、えっ?!」

この人は何をあせっとんやろう?

不思議に思って首を傾げれば、わたわたとハンカチらしきものをさしだされた。


そんなかっこでハンカチもっとるとか、コントやろ。っていうか持っとるんやったら、自分のやつで鼻水かめよ。

1人で取り乱しとる目の前の男がどうしようもなく笑えて、思わず吹き出した。
すると男はさらに挙動不審になった。

「え、なん、笑ってる…情緒不安定?え?泣きながら笑う?そんなにショックでしたか?
謝りますから!お願いですから泣き止んでください…っ!」



泣き止む、という言葉に目元に手をやると、じっとりと湿り気を帯びていた。

なんで涙が出てきとん?
自分もびっくりや。

涙を止めようとしても、ぼたぼたとバカみたいに溢れて来るのを止められへん。



あれ?おっかしいな。



ぐい、と何度も袖で拭う。
目もとがひりひりする。


無言で涙を拭い続ける私に、何をおもったのか男はそっと抱き寄せあやすように背中を優しく叩かれる。

「っちょ、なんやねん、やめてよ。」
ただでさえ頭が大混乱やのに。

押し返そうとしても困ったようにへらりと男は笑う。
「いきなりでびっくりさせてしまったんですよね。異世界に来たなんて普通信じ難いことですし。すいません。でも、僕も譲れないんです。....ぜーんぶ僕のせいですから、煮るなり焼くなり好きにしてください。
そのかわり、どうか勇者になってください。」

背中から、とんとんと優しいリズムが響いてくる。不思議と、嫌と違う。
すこしずつ心が落ち着いていくと、ようやく考えることができるようになってこうなるまでの事をボンヤリと思い出す。

いきなり仕事クビになって。
目の前が真っ暗になった。あるはずの日常が、あるはずの経済が、あるはずの生活が全てなくなっていくようなそんな気がした。
どうしようと考えるより、どうにかせんとって張り詰めとった。


張り詰めていたのに、全く理解ができひん事がが起きて、私はここにおる。


...たぶん、一気に起こりすぎてあふれ出てしまったのがこの涙のなんやな。


そうとわかれば、心に整理がついて霧が晴れるようにスッキリした。
さて、そうとなればこの元凶をどうしたろか。


「....都合のいいことばっかり言いよって。煮るなり焼くなり好きにせえやって?
男に二言はないな?」


がらりと雰囲気がかわった私に、男の口の端がひきつるのが見えた。






「あ、ハイ。言いましたが...テカゲンシテー...」
「歯ぁ食いしばれ!」







私は男に殴る蹴るの暴行(さして痛そうでもなかったけど)を加えたあと、妙にスッキリして魔王城の中にもどった。


最初の部屋ではなく、客室のようなところで男が淹れたハーブティーにすっかりリラックスモード。
男は、七海の目の前でニコニコと見守って?いる。


所々ボロっちくなっているのは気のせいや。



「さて、少し落ち着きましたか?」
「...うん、まあ。あれだけ暴れたらストレス発散やったわ。」

満足げに頷くと、乾いた笑いがかえってきた。目ぇ泳がせるほどのことかいな。根性ないな。

「まあ...僕も急ぎすぎていましたし。本当にすいませんでした。改めて、現状のご説明をしますね。」
「その前に、名前なんて言うん?まず、そこからなんやけど。」
「これは失礼しました!
僕はこの城の主、ルーゼルト・ハインザッツといいます。
どうぞルート、と呼んでください。」



....あれ?


思いっきり首をかしげると、向かいに座っている男も一緒に傾ける。
どうしました?という声は無視して、さっきの自己紹介をリピートする。



ルーゼルト、が奴の名前。
この城の主?
主って城主で、最初になんていうてた?



「城の名前って.....」
「魔王城ですよ?」





エ?




「あんたが魔王なわけっ⁉」
「はい。」



アッサリ頷いてくれやがる。
こ、これが魔王って..!
魔王が敬語とかキャラ的に崩壊してない⁈

「魔王ってさ、こう、なんていうん?
もっと人間どもを滅ぼしてやるふはははじゃないの?悪の総本山的な!」
「まあ、それが世間で言われている魔王ですねぇ。」



間延びしたような答えにがっくりと肩を落とした。



どう見たってただのヘタレやんか...



「....なんというかご期待に添えなかったようで、すいません。」


なぜかぺこりと頭をさげる魔王に目眩がする。
仮にも一国の主が簡単に頭を下げる現実をどう受け止めたらいいのか。
色々突っ込みどころがありすぎて私、コマッチャウ。


「僕も名乗ったことですし、そろそろあなたの名前も教えていただけませんか?」
「.... 田嶋七海。七海でええわ。」
「ナナミさんですね。改めて、よろしくお願いしますね!」



にっこりと机ごしに差し出された手をとれば、肩が抜けるかとおもうくらい激しい握手をされた。
....マジで脱臼する。


「もうええからはよ説明してや!」

「あ、すいません、嬉しくてつい。
では改めてご説明しますね。
ナナミさんを喚んだ理由は、僕と一緒に勇者と戦ってもらうためです。
戦いの時に一緒にいてくれるだけで...」
「まってよ。戦場ってことは流れ弾に当たる可能性だってあるやん。死にたくないし。しかも一緒におってあんたに何のメリットがあるわけ?言っとくけど私はただの民間人やから剣だの魔法だの特殊能力なんか一切ないでな。無理やん。」

暑苦しく語るルートを、素早く遮る。
なんで私が死地に赴むかなあかんねん。

「無理じゃないです!ナナミさんはその場にいてくれるだけで僕にとってメリットなんです。
戦力とか、能力なんて最初から関係ない。僕が勇者とあいまみえるその日、その時にナナミさんが必要なんです。
決して、ナナミさんの命が危険にさらされるようなことはないと誓います!」


そもそも真剣に語ってはいるが、ルートは何一つとして重要なことを言っていない。
はじめから伝える気が無いんやろうな。
隠してるのか何なんかわからんけど。
とりあえず死地に赴かなあかんけど、命の保証はされると。
矛盾しまくりで信用できんのですけど。
かといって、ルートの庇護下にいなければ私は野垂れ死確定やし....
くそう、はなから強制参加っていうのが腹立つ!

「...確認するけど、雇用条件は?」
「お給料は衣食住の物品支給。ペット付き。勇者が来るまでの間はどこで何をしようと構いませんが、勇者と戦うときには必ずいてください。
外泊は禁止です。
夕食は必ず僕と一緒に食べること。
命の危険はありません。僕が必ず守りますから!」


なんか家族ルールみたいなんはいってるけど?
拳を握りしめる魔王様に、不安しか覚えられず頭を抱えた。




「あと、非常に言いづらいのですが...」
真っ黒いからだをモジモジさせて、上目使いという女子の必殺技を炸裂させているルート。
キモチワルイ。キモチワルイヨ。
どうしてこの人はこんなに私をイライラさせるのかなー?


「...なに?お願いやからちゃっちゃと言うて....」
「実はナナミさんを元の世界へ戻す魔力はもうないんです!すっからかんです!
ごめんね!」



「.......................。」

半眼になった七海の視線から逃れるように、ルートは明後日の方向に視線を逸らしながら、まあまあとかごにょごにょとか呟いている。
拳をテーブルに叩きつける。
部屋の空気が凍っても、机が少しくらいへこもうと知ったことか。
ごめんね!ってなに、ごめんねっ!って。


観念したのか、ルートが出来の悪いロボットのようにカタカタしながら吐きよった。


「しょ、ショウカンジュツヲオコナウニハ、ただいな、マりょクをショウヒすルノデス。」
「その魔力とやらをためぇや、いますぐに。」
「ソ、ソレガ勇者ガコナいト、ショウカンジュつをオコナウまでノまリョクガカイフクデきナイのデス!」


目の前が暗くなるっていう経験をはじめてした。いや、もちろん都合良くすぐに帰れるなんておもってなかったで?
でもな、この、ごめんねっ!みたいなノリで言うか?こういうのを火に油っていうねんな。うん、ありがとう勉強になったわ。おかげで、自分でもびっくりなくらい怒りのボルテージが跳ね上がったわ。
違う意味で奥歯カタカタ言わせたろか。


ゆらり、と立ち上がった私を青ざめた顔をしながら魔王様が後ずさる。
魔王を壁まで追いやった七海は、頭一つ高い魔王様の顔の横に、力の限り拳をいれる。



「どういう事か、説明せぇや」
「ナっナナミさんっどうか落ち着いっ...うわああああぁあんっ」



























「もう、ナナミさんったら喧嘩っ早いんですからぁ」



涙目で私に殴られた頬を冷やしているルートを尻目に、今の話を考えてみる。



ルーゼルト曰く、この世界の名は
「ユーフォリア」。
世界といっても、ここから東にいった大陸の名前なんやと。
ユーフォリアと私が今いるこの西の孤島にしか生物は確認されてないらしい。

剣と魔法が息づくこの世界は、お約束通り人間を脅かす魔族がいてその頂点に君臨するのがルート、つまり魔王。
魔王といっても、人間と同じように魔族を治める「王」なんやって。

ユーフォリア大陸には、人間、獣人、エルフがいる。
その中で最も権力を握っているのは、意外にも人間。

獣人は身体能力だけでいえばはるかに人間を上回るが、繁殖力が弱いので少数の種族なんやって。人間たちは獣人たちの力に恐れを抱き、数の力で獣人たちを制圧して奴隷にしている。
エルフは、大陸の北にある人の立ち入れなち峻厳な山岳地帯を住処とし、滅多に人里へはおりてこない。そのため、人間とエルフの間では互いに不可侵状態。
というか、エルフ側の力を推し量れないプラス天然の要塞に守られているエルフを、人間側が攻め落とすことが出来ず不本意な不可侵という風になっている。

魔族はといえばその昔、人間達と戦争を起こし敗走、この西の孤島に逃げ込んだ。そして逃げ込んだこの地でも、人間との戦いは続いとる。
永きに渡る人間と魔族との戦いに終止符をうつべく、私を召喚したのだという。


もう疲弊した魔族達を見たく無い。


真剣な眼差しに、こちらも具体的に何をするのかと聞けば、ヘラヘラ笑いながら一緒に居てくれるだけでいいとしか言わない。




やっぱり、直接聞いても答えは教えてくれへんか。




ルートが私を喚ぶために使った魔力は膨大で、そのままにしていても回復はするのが何十年かかるかわからない。
人間の勇者を倒すことができれば、勇者の魔力は魔王のものとなり、私を元の世界に返す魔力を得れるんやって。
....魔王って無尽蔵に魔力があるもんやと思っとったけど、違うんやな。
ていうかそもそも魔力不足状態で勇者と戦えるんか?MPの量って、ゲームでも重要ポイントやろ。




疑問は後から後から溢れて来るけど、現状として私がこの世界で生きていくためには、魔界の勇者として働かなければならない。
悔しいが、それはすでに決定事項だ。


「....ぐだぐだ考えとってもはじまらん!ルート!」
「はひっ!」
「しゃぁないから、ここを再雇用先に選んだるわ。そのかわりしっかり面倒見てもらうで!」













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