魔王様に召喚





ルートの案内でカリムへ入ると、村人…村魔族?がひとり、またひとりと気づいてはなにやら盛大に喜んで、あっという間に魔族だかりができてしまった。






「ルートさん!おかえり‼︎いつ帰ってきたんだい!?」
「最近見ないから、勇者に倒されちまったんじゃないかって皆言ってたんだぜ!」
「ルートさん!俺んちでできた野菜だ、もっていきな!」


ルートは嫌な顔一つせず、その一つ一つを丁寧に応えながら村の中を進んでいく。もはやちょっとしたお祭り騒ぎだ。
ルートに捧げられる貢物は村を進むごとにどんどん増えて、両手いっぱいになってしまっている。

ルートがいかに慕われているか、王様扱いされていないことに驚いた。
これが魔王?

魔王って、と考えている内に不意に周りが静かになっていることに気がついた。
あわてて周りを見渡すと、あらゆる種族の魔族達の目が、全てナナミに向けられていた。




「…ルートさん、こいつはなんだ?人間のようだが」




あからさまな敵意を感じさせる声音に、思わずルートの服を握りしめて、その影にかくれた。
じっとりと手が汗ばんできて、体が震える。
蛇に睨まれたカエルの心境はこんな感じなんだろうか。
いぶかしげに見る者、露骨に顔をゆがめる者、好奇の視線を向ける者様々。
共通するのは皆、獲物を狩る目をしていることだ。圧倒的な力関係と敵意がひしひしと伝わってきて、体の震えが止められない。

「彼女は今日から僕の元で働いてもらう事になりました。」
特に焦った風もなく、和やかに告げるルートに周りが騒つく。ルートに名前を呼ばれてそっと視線を上げると、挨拶をと促される。
こんな状況で挨拶とか鬼畜かこいつは!

でも、仮にもここで働くのだから挨拶はせんとあかん、よな...
震えて縺れる舌をどうにかコントロールしてようやく放たれた声は自分が思った以上にか細いものになった。

「こんにちは」

にこりと、営業スマイル。
青い顔で硬い笑顔...笑顔になっているかも怪しいけど、今はそんな事にかまってられへん!

「田嶋七海と申します。よろしくお願いします」

ルートの服を握った手は怖くて話せないけど、そろりと影から出て小さく頭を下げる。

「と、いうわけですから皆さんよろしくお願いしますね。」

「よろしくったって...なぁ?」

無遠慮な視線が、上からしたまでナナミを覆う。
こっちは見せもんと違うで!
無遠慮に眺めやがってー!
自分がされて嫌なことはしたらあかんって、お母さんに習わんかったんか⁈
くそう、彼らが人間ならガンをとばしていたかもしれへんけど、完全に私<魔族の力関係になす術がない。


たまらず、握っている手にぎゅぅと力を込めるといたわるような微笑みで返された。
それが心強いと思ってしまう程度には、精神的にキツイ。







「…まっ、よろしくな!えーと、ナナミちゃん!」


いきなりばぁん!と後ろから豪快に背中をたたかれて、息が詰まった。

目の前に星が散るって初めて★

げっほげっほしていると、周りからよろしく―だのだいじょうぶかーだの声がかけられる。


なんとかよろしく、と絞り出すとルートが背中をさすってくれた。


涙目で周囲を見渡すと、先程のような鋭いものではなく穏やかな表情の魔族たちを捉えた。
知らず、詰めた息を吐いてようやく自分がまともに呼吸できていなかったことを知る。


「じゃ、僕たちはとりあえず家へ帰りますので」
ルートの言葉に彼らは三々五々に散って行き、七海は村のはずれにある小さな家へ連れて行かれた。




カリム周辺の地形はなだらかな起伏が多いらしく、その「住処」もゆるい坂道の先にあった。
周りにはそれ以上何もなく、ぽつん、ぽつんと少し離れて二つの屋根が存在している。遠目に見れば、素朴で可愛らしいカントリー調の家。

しかし、すぐにそれがあくまでも遠目の見かけだけであることがわかった。





ここに人が住んでいるという摩訶不思議。いや、世界七不思議。
家の半径5メートルくらいで異変に気付く。







「………ッくっさ!何をどうしたらこんな臭いになるんよ!っくっさ!!」
思わずさっと鼻をおおう。
それでも臭いが鼻にまとわりついて離れない。刺激臭も混じっているのか、じわじわと生理的な涙が溜まる。



「臭いって…傷つくなぁ…」
口をへの字にまげて抗議されても臭いものは臭い。鼻が曲がる。いっそのこと曲がってしまえばこの臭気を遮断できるのか。


くさい・きたない・ぼろい。
ここが家だというなら、彼は大分ツワモノだ。いや、魔王の時点でツワモノの頂点なんだけれども。
いやいや、それ以前にこんなところにおったら軽く命の危険を感じる。それならいっそのこと村魔族にヤッて貰ったほうが!




「...安心してください。こちらの小屋は僕の作業場で、住まいはあっちの方ですから。」

チラリともう一つの家に視線を向ければ、5メートルは離れているようだ。
よかった!心の底からよかった!
もはや口も手で覆っているので、顔だけで喜びを表現してみる。





「......ナナミさん、いえ、もういいです....」
よよよ、と大げさに嘆くルートを置いてさっさと家へ向かう。
近くに行くと、ログハウスとよく似ている。こっちの外観はまだ綺麗だ。何より変な臭いがしない。
安堵すると、思い出したようにお腹が空腹を訴えた。


....もう無理、お腹すいた!


ずんずん進んで行き、ドアに手をかけると鍵はかかっていない。
なんて不用心な。
しかし、問答無用で開け放つのは私だ。

「あ!ナナミさん、待っ....!」















「.....なんやねん、どこもかしこも汚いやないか。」
「あははー....すいません。」

これはあれか、男の一人暮らしっていうものの特有なんか。
本という本が散乱している。まるで空き巣が家捜しし放題して去って行ったかのような有様。足の踏み場もない。
家をしばらく空けていたのか、漂う空気は埃っぽく所々に蜘蛛の巣ぽいのも見える。
唯一の救いは食べ物系がないことか。





手伝う気もさらさら無かったので、ルートが部屋を片付けているあいだ、外で冷麺を食べることにした。もちろん間違っても作業小屋へは近寄らない。
村とは反対の方に足を進めると、すぐになだらかな下り坂。道と草原が広がっていて風が吹き抜けていく。
少し端っこによって、腰をおろして袋から冷麺を取り出した。



手伝って下さいようとか聞こえたけど、無視だそんなもの。









「ナナミさん、お待たせシマシタ....」


げっそりして埃まみれになったルートに、ようやく家に招き入れられた時には、高かった日は傾いてオレンジになっていた。人をお家に呼ぶ時は、お家の中を綺麗にしてから呼ぼうな?




「お疲れー。お邪魔しまーす」
「どうぞ。ゆっくりして下さいね。」


整えられた部屋は、ログハウスよろしくの素朴で温かみのある内装だった。
天井が少し低いような気がするのは、吊るされている乾物のせいだとおもう。
さっきは気づかなかったが、果実っぽいものやドライフラワー、他にいろんなものが所狭しと吊るされている。その中に混じって、大小の色の違うランプが吊るされていていた。
なんか、いい感じに乙女心くすぐるなぁ。

部屋の真ん中に置かれた木のテーブルには、ちょこんと小さな花が飾られている。


「綺麗になったなー、...うわ本、こんなにあったんか。」
部屋の右側を見ると、壁一面が本棚になっていてぎっしりと本が並べられている。しかも窓を避けて囲むようにしてまでも本棚。
それでも収まらなかった本たちが、窮屈そうに隅に追いやられていた。その背表紙には見慣れない文字が連なっていて読めない。



「ところでナナミさん、背中痛みませんか?さっきゼイルさんに容赦無く叩かれていたでしょう?」

「え?ああ、少しヒリヒリするけど...すぐおさまりそうやから大丈夫。」



あの背中叩いた人、ゼイルって言うんや。ほんまに容赦なかった。
姿はよく見れんかったけど、気さくなオッチャンって感じの声の雰囲気やったな。

「だめですよ、腫れていたらどうするんですか?たたかれたところ、みせてください。」
「……大丈夫やって。意外に過保護やな?」
「いいえ!雇用主である僕は、ナナミさんの健康管理も義務なんです。大丈夫かどうかは僕が判断しますから、みせてください。」

いや、理屈はある意味間違ってないんやろうけど。
好き好んで、数時間しか一緒にいない男に肌をさらす趣味はない。
身持ちは堅いのだ。

「だいたい、ルートが見て大丈夫かどうかわかるもんなん?」
「それくらいわかりますよう。僕、医者ですし。」



は?



「…魔王やのに医者?悪役が医者?王様やのに手に職?そんなにこっちの世界は世知辛いんか。」
「何を勘違いしているかは知りませんが、貧乏ではありませんよ。贅沢をしようとは思いませんが。ほら、つべこべ言っていないでとっととみせてください。」






きゃー、という抵抗もむなしくTシャツをひっぺかされた。
こいつ物腰が柔らかいと思ってたけど、ぜったいSや。きっと腹の中はイカ墨並みに真っ黒に違いない。






「うぅ…服はがされた…もうオヨメにいけない…」
「大して思ってもないくせに、誤解されるような言い回しはしないでください。
結局、僕にみせてよかったでしょう?ゼイルさんはいい人なんですが、手加減というものができない人ですから。」



ちっ。年頃の娘の半裸を見ても動揺せんのかい。
こっちは口から心臓が出そうだったっていうのに。
女としては少し悲しい気もする。



Tシャツをひっぺがえ思った以上に手形がくっきり浮かび上がっていたらしく、ルートが悲鳴を上げた。
女性になんてことを、とか玉の肌に傷が、とか赤くなったり青くなったりしながらも軟膏を塗ってくれた。
ピリピリしていたところが、軟膏を塗ったところから収まっていく。
医者というのは嘘ではないらしい。


「…ちっ」
「あ!今ちっっていったでしょ!ちって!!」
「言ってないし。ボケてんちゃうん?」
「ボケっ…!はぁ、もういいですよぅ」

しょぼしょぼと片付け始めるルート。
その背中にべぇっと舌を出してこっそり悪態付いておく。乙女の服を剥ぎ取った罪は重い。



ふと周りを見れば、日が落ちる寸前で薄暗く、片付けをするルートの手元も心もとない。

「なぁ、灯りつけてよ。暗いわ」
「え?あぁ、そうか。ナナミさんには暗いですよね。」
この薄暗さにいま気付いたように、ルートが軽く手を振った。
すると、手を振った軌道からいくつかの光がでてランプに吸い込まれていく。
ゆっくりと色とりどりのランプに煌々と光がともって、天井がキラキラと輝いている。不思議と灯りの色は変わらず、暖炉の火のように優しく部屋を照らしだす。


「すごい!さすが魔法!」

私の反応に満足したようにドヤァと胸を張るルート。
いいよいいよ、これはドヤ顔できるよ。安心して胸を張るがいいよ。


「まぁ、今のは少し演出も入れたんですが…機嫌、なおしてくれました?」

伺うように見られて、すっかり毒気を抜かれてしまう。わざわざ演出してくれたんには悪い気はしいひん。むしろ嬉しいというか。
でもそれを表に出すほど素直になれないので、しぶしぶうなずくふりをした。
嬉しそうに笑ったルートを直視しないように、ランプに気を取られたふりをしてルートの隣を離れる。

あの美形に至近距離で微笑まれたのを直視したが最後、チキンな私の心臓は爆破されてまうわ。











< 4 / 7 >

この作品をシェア

pagetop