魔王様に召喚
「あ、そうや。最初に言うてたペットってどこにおるん?」
「たぶん、明日くらいには出てくると思いますよ。」
「は?出てくる?」
「さてと、僕は夕飯を準備しますから少し待っていてください。」
え、ちょ、出てくるて何。
問い詰める暇もないまま夕食を口に入れた瞬間、そんなこともすっかり吹き飛ばされた。
健康のためにとか疲労回復のためにとかで、あれこれと薬草をぶち込んだらしいソレらは、人の食べれるものではなかった。見た目が美味しそうなのにだまされた。
今度から私がご飯を作ろう。
ナナミは強い決心を胸に抱くのだった。
変な夢を見た。
知らない人に、君はどんな色が好きかとか、どんな動物が好きかとか、どんな食べ物が好きかとか、どんな事をしている時間が好きかとか、やたらと質問攻めにされた。
ただその質問は、全部私の好きなモノであったり、こうなれたらいいなぁなんていうささやかな願望だったり。
答える必要もないのに、私は何の抵抗もなく答える。
しかし、答えていくたびに体がどんどん重くなっていく。
けれど、私は答えるのをやめられなかった。
.....う、おも...ちょ、もうげんか....
「...うぉぉおおおもいいいいっっ!!!」
重たい夢から覚めるために思いっきり身体を起こしたらしい私は、見慣れない部屋に慌てた。
周囲を確認して、ルートの家の一室だと思い出してほっと息をつく。
同時に、目が覚めたらリアルな夢だったなんて落ちもなくなったけど。
…いや、リアルな夢は見たか。
ベッドのすぐ横にある窓の外では、朝の独特の爽やかな気配を漂わせている。
今日も天気がいいらしい。
その爽やかさとは裏腹に、七海は深々とため息をついた。
ぺぽんっ
「、は?」
ぺぽん?
ビードロみたいな音がして、反対側に首を向ける。
「うわああああああんっるぅぅうううぅとぉぉぉおおぉおっ‼︎」
居間のほうからドンガラガッシャンッという派手な音に続いて、ドドドドッという音がして部屋のドアが勢い良く開かれた。
「ナナミさんっ⁈どうし....ってうわぁ⁈」
ドアがいきなり開いて驚いたのか、それらはいっせいにペポンペホンと跳ねながら鳴き始めた。
部屋の床には、拳大くらいのまるい生き物が多数転がっていた。
さっきまでは大人しかったが、今は怯えたように転がったり跳ねたりしながらこちらにすり寄ってきた。
みんなぷるぷると震えている。
あ、なんか、ちょっと可愛いかも。
顔はないが、よく見ればなんだか愛らしい。
色もパステルカラーで7色が揃っているようだった。
あっという間に上半身以外、ベッドの上が埋まってしまった。
ぺぽん、と硬質な音でなくわりにはこの子達はほんのり暖かく柔らかくて、皆がぷるぷるしてるものだから、少しくすぐったい。
「あー、驚かせてごめんな?」
とりあえず、怯えているようなので謝ってみた。
言葉を理解できるのか、ぷるぷるがちょっとおさまった。
「どうやらナナミさんのペット、ですねぇ」
ルートは苦笑しながら近づいて来て、ピンクの子をつまみ上げてまじまじと観察を始める。
ピンクはみよん、とのびて太った雫のようになってしまっている。
抗議しているのか、ぺぽんぺぽんとしきりに鳴く。
「..ちょっと、嫌がっとるやんか。」
ルートの魔の手からピンクを取り戻し、少し撫でてやると嬉しそうに身を震わせた。
「ふむ...僕もこんな子達初めて見ました。」
「何を他人事みたいに…ルートがこの子達連れてきたんちゃうん?」
「いいえ。ペットというのはナナミさんという存在が、別の形が現れたのがこの子達なんですよ。」
魔族は生まれ落ちたその時に、生涯を共にするペットが生まれるらしい。
一体どういう原理なのかはわからない世界の神秘なのだが、そのペットを通してこの世界の魔族達は何らかの力を発揮する。
このペットたちを、「才能」の顕現だというものもいれば「力」だというものもいる。その人物の「生命」そのものだという者も。
というのは、このペットは主が死を迎えるとともに消失するのだそう。死ぬのではなく「消失」。
「いやいや、わたし魔族じゃありませんけど?」
「ナナミさんは異世界人ですから、その時点でこちらの規格とは合いません。きっと現れると思っていました!
いやぁ、出てこなかったらどうしようかと冷や汗ものでしたが…結果良ければすべてよしってやつですね!」
雇用契約の条件に入れていた「ペット」という項目はずいぶんあやふやなものだったらしい。
ナナミはこう見えて、可愛いものや小動物が好きだ。借家の安い家賃ではどうしてもペットはご法度。ひそかにとても楽しみにしていた。
いい加減さに多少怒りを覚えるが、最低限生きいくために必要かと言われれば必要ないのでぐっと我慢する。
気を紛らわすためにも、ベットの上を埋め尽くしている(と言っても小さなベットだ)丸いいきものに目を向ける。
顔はないが、微妙に口らしきものを発見した。そこから鳴き声を発しているようだ。今はどうやら大半が七海の顔をじっと見ている。…たぶん。
ためしにパステルイエローのものをそっと掌に乗せてみた。
ピンクの時も思ったが、やっぱり柔らかくほんのりあたたかい。
この柔らかさは赤ちゃんのほっぺとか耳たぶとかそういう感触に似ている。
ふよふよとさわり心地を楽しんでいると、くすぐったそうに身をよじらせるイエロー。そして甘えるようにぺぽんっと鳴いた。
「…っ~!!かっかわ…!!」
最後まで声にならないくらい身悶えていると、不服そうな他の子たちが転がりながらこっちにもかまえと主張してきた。
ああ、もう可愛いッ
「ナナミさん、デレデレですねぇ…。動物がお好きなんですか?」
「うーん、動物も好きだけど…可愛いモノには基本的には目がないかなぁ」
「確かにこの子達、愛嬌ありますね。…でもこの子達どうします?さすがに数が…」
「確かに。っていうか、何匹おるんやろう数えてみよか。
いーち、にーい、さーん…」
数えながら1匹ずつベットから降ろしていく。
降ろされた子たちは、数を合わせる声にあわせてぴょーんぴょーんと仲良く跳ねている。
その可愛さに思わず身悶えしそうになるのをこらえながら数えるのは、さながら拷問だった。
「49匹、やな。」
桃・赤・橙・黄・緑・青・紫がそれぞれ7匹ずつ、パステルカラーで揃っていた。
「こんなに多いと、名前をつけるのも大変ですね」
「…名前つけても覚えられんわ。」
名前を付けない、という考えはもとよりない。
名前を付けるとより一層かわいがることができるのを七海は知っている。
現実的な問題としては世話を考えると、見分けが色しかつかないし同じ色なら見分けがつかないのはかなり問題だ。
うーん、と頭をひねっていると横からぺぽんっと音がしてベットの下を見ると丸い生物たちは転がったり跳ねたりして色分けし始めた。
黄色は黄色、緑は緑で一塊になる。
「え、え、どうしたん?」
「もしかして…」
そうこうしてる間に色分けが終わって、…共食いが始まった。
「わぁぁああっ!あんたらなにしとん!!やめっ…!!」
「ナナミさん、落ち着いて。大丈夫です。」
「大丈夫って!あの子らの共食いやめさせな!」
「いえ、あれは共食いというより…合体ですね。」
止めに入ろうとした七海を止めて、ルートは様子を見ている。
可愛い子たちだ思ってといたのに、共食いする姿が衝撃的すぎて行動することができないでいるとそれぞれの色で共食いが終わったらしい。
食べ終わった彼らは、サッカーボールくらいになって49匹いた子たちが7匹になってしまった。
そして彼ら(?)は、呆然としてベットの上から動けない七海のもとに転がって行きぺポン、とひとつ鳴くと今度はうにょんとひょうたんを横にしたような形になって2匹に分裂させて見せた。
そしてまた食べて、1つになる。
「…え?」
「すごいです!なんて賢いんだ!!
ちゃんと言葉を理解して、主が不安にならないようにフォローまでするなんて。…君たちやりますね」
満足気に笑うルートにえへん、と胸を張るようなしぐさをするイキモノたち。
うんうんとうなずいるルートの横では、まったく状況についていけない七海が戸惑ったようにルートを見上げた。
「この子達はね、僕たちが数が多すぎるという会話を『理解』してコンパクトにまとまってくれたんですよ。その方法がさっきの食べる、という行為だった。で、びっくりしてる君のために「共食い」をしたわけではなく「吸収・分裂」できるのが自分たちだ、というのを示すためにさっきの分裂をしたんです。」
「…なるほど、ね」
ようやく落ち着いてきた頭で、要はスライムがスライムキングになったようなものかと勝手に解釈した。
ということは、この子達はスライムということになる。
共食いをしたわけではなく、彼らはあくまでも自由に身体を扱うことができるということは理解した。
ベットから降りて、スライム達をそっと撫でる。
「もう、びっくりさせんといてよな。…でも、ありがとう」
数が多いと、好き勝手言っていた自分のために一つになってくれたのだ。
心優しいスライム達に、ほんのりと心が温まった。
スライム達は、それぞれピンクがもも、黄色がれもん、赤がうめ、緑がみどり、橙はだいだい、青はあお、紫はゆかりにした。
ちなみにうめは梅干しから、ゆかりはご飯に混ぜるあれだ。
「よし、これでオッケーやな。」
「これで、立派なパートナーになりましたね!君たち、これからよろしくおねがいします。」
深々と頭を下げるルート。
動物(?)にまで丁寧というかなていうか。
まあ、めっちゃ上から目線とか暴力的なんも腹立つから、動物に優しいのはええことやな。
「ところでナナミさん、朝食がまだできていないのでもうしばらくお待ちいただけますか?すぐに準備しますので。」
さらりと爆弾を投下して部屋を出て行ったルートに追いすがろうとするが、コンパスの長さが違いすぎてあっという間にキッチンに立ってしまうルート。
あんなクソまずいもん2食続けて食べるとか、狂気の沙汰だ。
「わああっルート待って!お願いやから待って‼︎手に持っとる包丁降ろしてえええええええっ」
「....そんなに慌ててどうしたんですか?
気遣いなんてしなくて良いんですよ、気持ちだけで十分ですから。
さぁ、薬草がたっぷり入った滋養強壮効果のある朝食を作りますから座ってまっていてください。」
「いやっ、気遣いとかじゃないねん!昨日は夕飯作ってもらったし、今朝は私が作ろうかなって思うててん‼︎
ほら、私、ルートに雇われてる身やんか?そういうのは私がやらなあかんと思う‼︎」
今後のこともあるため、ここぞとばかりに力説しておく。
あんな破壊兵器並みのものを毎食食べるくらいなら、ちょっとくらい仕事が増えても構わへん。
だいたい魔王様がいそいそと朝食を作るとはどういうことや。
「そ、うですか?
....言われてみればそんな気も....」
「やろっ⁈やろっ‼︎
ほな、ここは私に任せてルートはあっちに座って待っといて。」
でもとかだってとかグズグズ言っているルートを追いやって、ようやく命の危険が回避された。
よくやった、自分。
とはいいながら、ここからが問題だ。
キッチン自体は狭くはないのだが、物が散乱していて使おうにも使えない。
どうやら、ルートが部屋に駆けつけてくれたときに大半のものをひっくり返してしまったらしい。
鈍臭いにもほどがある。
キッチンの入り口からチラチラと見え隠れするルートの手前、溜息なんてつけるはずもない。
よし、と気合を入れて片付けから始める七海だった。