魔王様に召喚




ルートは、ナナミの背中を見送り一つため息をついた。

魔王城にナナミさんを召喚した時、正直に言えば失敗したと思いました。
見るからにまだ子供の、しかも女。
小綺麗な薄い服を着て、ポカンとこちらをみる少女には殺伐とした空気を感じられませんでした。どちらかと言えば小柄で華奢だか、しっかりした健康そうな体をしていて、すぐに平和な場所から来たのだとわかりました。

まだ大人になりきれていないような、いたいけな少女を巻き込みたくはありませんでしたが、直ぐに召喚術を行えるだけの余力はありません。この少女に賭けるしかないのです。
僕はなけなしの勇気を振り絞って少女に声をかけました。


すると、華奢な見た目とは裏腹に乱暴とも思える言葉が次々と少女から出てきてビックリしました。
少女が僕と関わりたくないとありありと見て取れましたが、気しないふりをしながら少女の言葉を華麗に交わすのは至難よ技でしたよ、ええ。

僕が夜な夜な頑張って練習した「魔界の勇者のご案内」をあっさり「やらない」と拒絶された時は流石に目の前が真っ暗になりましたねー。
初めて噛まずに言えたのに。


僕がコッソリと落ち込んでいるうちに、状況にイラついた少女が、果敢にも1人で帰ると言い出しました。
少女が召喚は嘘ではなく、本当だと納得できるのならとハリボテの正門へ送りながら、僕は涙が止まらなくなってしまいました。


すいません、君はかえれないんですうううううううううっ‼︎
ふがいない僕ですいませんごめんなさいすいませんっまぎごんでごべんねええええええっ


差し出されたハンカチで鼻水を噛んでしまうほど、心は千々に引き裂かれていました。
あの時は少女のハンカチを差し出してくれた優しさに、心はさらに乱れてミンチになるかと思いました。


城の扉を開くと、外の様子を見た少女の顔から血の気がみるみると無くなっていくのが目に見えてわかりました。
ようやくこの世界が自分がいた場所と全く異なるところだということを認識し始めたのでしょう。その痛々しい様子にまた涙が滝のごとく流れだそうとしましたが、そこは僕も男です。泣いている男に今後を説明されてもこの子も不安になってしまいます。
打ちひしがれている少女を支えなければ!


よし、と気合いを入れ直しながらチラリと少女に視線をやると、微動だにしていませんでした。
声をかけると、体の動かし方を忘れた人形のようにぎこちなくゆっくりと振り向いた少女に心臓が止まる思いをしました。


振り向いた彼女の目から、見たこともないくらい大粒の涙がボロボロと音もなくこぼれ落ちていて。
泣きわめくでもなく、ただボロボロと。自分が泣いていることにも気がついていなかった少女がさらに幼く見えた。

思わず、恐ろしい夢を見た幼い子供をあやすように少女を抱きしめて「大丈夫だよ」と思いを込めて背中を努めて優しく叩く。
こんな現実を引き起こした張本人が何をしてるんだ、と自分を殴りたくなりました。
でも今は少女を全力であやすための両腕です。自分を殴れるはずもなくて。
全部を僕のせいにしていいと、言っていました。言ってしまってから、これだと何も変えられないじゃないかと気付きましたが、この少女にだけは僕に真っ向から悪意をぶつける資格があると思い直しました。
彼女にも家族もいれば友人もいることでしょう。今まで気付きあげてきたモノが少なからずあったはず。それを、こちらの勝手な都合で少女の世界から一時的とはいえ、離れされてしまったこの少女だけは。



しばらく背中を叩いていると、腕の中の少女の雰囲気がガラリと変わったのがわかりました。

落ち着いたのは何よりですがこの雰囲気は.
.....

恐る恐る少女に目を向けると、揺らめいて見えると錯覚するほどに怒りを滾らせた少女が目に入りました。


「ーーーー男に二言はないな?」
「あ、ハイ。言いましたが...テカゲンシテー...」
「歯ぁ食いしばれ!」



殺気でシヌと思ったのはアレが初めてです。



それから、今のことこれからの事を話しました。一度泣いたからか、スッキリした表情で説明を聞く少女を見て安心しました。
でも、やっぱり少女はどちらかと言えばすぐ手が出てしまうようで。
貴方の殺気は超一流だと思いますよ。それはもう心の底から。


なんとか魔界の勇者になってもらえるよう話を取り付けて、僕は長く味わうことのなかった喜びという感情をかみしめました。
こんなにドキドキするくらい嬉しかったことなんて、はっきり思い出せないほど遠い記憶にしかなかったから。


そこで、少女の名前がナナミということを知りました。後で名前の意味を聞くと七つの海と言っていましたが、ナナミさんの世界には海が七つに別れているのでしょうか?



1度魔界の勇者になると宣言した少女の感情の切り替えは、こちらが驚くほどに早いものでした。ムリをして順応しようと気を張っているのか、はたまた切り替えの早さがこの少女の性格なのか。

流石にカリムに案内して、魔族と初対面した時は青い顔をしていましたがしっかりと自分の言葉で挨拶していましたしね。
それまでは威圧をバシバシ発していたカリムの人たちも、その様子に少し感心したようでした。この世界の人間なら、先入観も相まって卒倒するか半狂乱になっていたでしょうし。

戦闘に特化したものが集まっているため、脳筋がというと失礼かもしれませんがそういう方が多いのです。
しっかり挨拶ができると印象がよいほうに傾きやすいのが功を奏しました。
人間が丁寧に挨拶をしたというだけでこの村でのナナミさんの風当たりは弱まると思っていいでしょう。
「僕の」友人として紹介しましたし、風車守りのゼイルさんが最初に声をかけたという事実が「カリムではナナミを受け入れる」合図。
風車守の決定に逆らうものは、このカリムにはいないはずです。それだけゼイルさんが信頼されていることもありますし、ここはあくまでも「砦」としての機能がありますから、指揮官に逆らう忠誠心の薄い兵士は元より配属されていないのです。カリムでナナミさんの安全は保障されたとみてよいでしょう。
人間に対する並々ならぬ憎悪は、魔族全体に共通すること。つまり、カリム以外のものにはナナミさんが本当に殺られてしまう可能性も十分にあり得るのだから、気をつけなければなりません。




昨日の夕食の時に聞いた話の限りでは魔法もないらしいのです。彼女の世界の方々がどのように生活を営んでいるのか非常に興味深い。
そもそも魔法がなければ、炊事をする火や水はどうするのか。夜はどうやって過ごしているのか。明かりがないままなのでしょうか?獣に襲われたら.....考えれば考えるほど頭を悩ませてしまいます。
名前の由来のこともありますし、今度ナナミさんに聞いてみましょうか。


話は逸れましたが、魔界の勇者になると宣言したとはいえ、もっといろいろあるだろうと思っていましたがそれも杞憂に終わりました。

恨まれても罵倒されても、どんなことをされようと受け入れるつもりでいました。
なのに彼女は、最初に泣いて以来一切の『召喚されたこと』について僕を責めることもない。
手が早いナナミさんは、結構な頻度で僕を殴るか蹴るけどそれだってちゃんとその時々にちゃんと彼女なりの理由があってのもの。
彼女は宣言通り、腰を据えてこの状況に向き合おうとしているのだと思います。

………とはいえ、理不尽に感じることもありますが。照れ隠しにも暴力を使わないで欲しい。

こんなにすぐに手が出る女性がいるのかと思うと衝撃だ。人間の女性は穏やかで優しく品のある生き物だという認識を改めなくてはいけない。

まだ一日一緒に過ごしただけだけど、彼女が全く意図しなかった「異世界」という環境をできるだけ受け入れようとしてくれている。
僕の気のせいかもしれませんが。


そんなナナミさんを感じるたびにじわり、と後ろめたさが心に広がるようなそんな感覚に陥ります。水にたらしたインクのようにゆっくり確実に音もなく。
僕は、全てが終わるまでこの気持ちを見て見ぬ振りをしなければなりません。


自分のために、どんな人が召喚されようとも全てを受け入れ前に進むと決めたから。
だからあの時、あの場所で召喚したのです。
そして、....ナナミさんが現れました。



さっき初めてナナミさんが少女ではなくれっきとした女性であったことを知りました。
それはもう、地面に穴を掘りたいほどでした。

.....抱きしめた時、いい匂い....それに柔らかかっ.....


はっ!僕は何を考えてっ‼︎
アレは不慮の事故というものです!そう、決してやましい気持ちは無かった‼︎


ぶんぶんと頭を振って邪な考えを振り払ったいると、目の前にあるカラの皿が目に入って思わず口元が緩んでしまった僕は、決しておかしくないはず。
手が早いわりに、料理が出来るということに内心驚いたのは絶対秘密だけど。

人の手料理を食べたのはいつぶりでしょう。
誰かと一緒に、食事をするのはいつぶりでしょう。
ナナミさんが作ってくれた朝食は、最低限のものしか入っていないパンケーキでした。
素朴な優しい味がしました。食べた先から力が湧いてくるような温かな食事。
嬉しくて正直浮かれました。
浮かれた勢いでナナミさんの隣に座ったらものすごく嫌そうにされたけど、そんなこと気にならないくらい浮かれていました。

「僕もまだまだですねぇ」

でも、最後には隣に座ることを良しとしてくれました。ナナミさんはなんだかんだと言って断らないから、面倒見が良いのかもしれませんね。

そう驚いたといえば、もう一つ。
あのスライム達。彼女のパートナーはあんなにも色鮮やかでした。
あれだけ数がいながら、なんの力もないことにも驚きました。能力といえば分裂、吸収くらい。
ぷよぷよと愛らしい姿をしたスライム達はまさしく「ペット」にふさわしい。
そして、あれがナナミさんの「強さ」の本質。





.......ナナミさんには驚かされてばかりですね。





異世界から来た彼女は、僕の世界を一瞬にして鮮やかにしてくれた。
ナナミさんと言葉を交わすたびに湧き上がる好奇心はとどまるところを知らないようで。



僕の世界を一瞬で塗り替えてしまった彼女なら、本当の魔界の勇者になってくれるはず。

だから僕は、魔族を守るためにナナミさんを絶対に守り通さなければなりません。
傷一つ負わせることは許されない。
それが、彼女を召喚してしまった僕が負わなければならない責任です。


そして、守りきった先にはきっとーーーー。



「これから、楽しみですね」
今はただ、あなたが僕のもとに来てくれたこと感謝しています。



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