Blood Tear
「…幼い頃に目の前で両親を失って、頼った他国の王に裏切られた貴女はきっと、自分だけが辛い目に合っていると思っているのでしょう?ですが、この世の中には貴女以上に過酷な運命を辿っている者も居るのですよ……心が死んでしまいそうな程辛い思いをしながらも、耐えぬいている者も居るのです……」
物音もしない静かな部屋の中で、ティムリィはシェイラを真っ直ぐに見つめ言葉を紡ぐ。
「貴女なんて、不幸などではないじゃないですか……常に傍に居てくれる執事がいて、貴女を想ってくれる王子がいる。国民からも愛される貴女には、苦痛な日々を耐え続ける者の気持ちなどわかりもしないでしょうね……」
机の上に置いた角砂糖を指で弾くとその角砂糖は見えない弦に触れ粉砕した。
角砂糖が触れて起きた振動で弦は揺れ、シェイラの肩を深く傷つける。
「貴女達には、私達一家は仲むつまじい幸せな家族のように見えていたのでしょう。ですがあんなもの外面だけ。客人が去り一族だけとなった時の両親は、まるで人が変わったような変貌ぶり。暴力をふり暴言を吐くのは当たり前。何時も何時も殴られ叩かれ、何度も何度も馬鹿にされ罵られ続けた」
両肘を机の上につけると頭を抱えくしゃりと髪を掴む。
真実を耳にするシェイラは信じられないと目を見開いた。
「…他人に向けるあの笑顔など、一度として向けられた事はありません。常に向けられるのは、愚かな者を見るような暗い瞳。大きなあの手は頭を撫でてはくれず、あの口からは誉め言葉など出てこない。喜んでもらおうと一生懸命バイオリンを練習したのに、誰もその音色に耳を傾けてはくれませんでした……」
知らなかった。
彼女がそんな辛い思いをしていたなんて。
何時も明るくて、微笑みながら駆け寄って来た彼女が両親に暴力をふるわれぞんざいな扱いをされていたなんて、そんな事全く知らなかった。
心に闇を抱え助けを求めていたのにそれに気づいてやれず、更に彼女を傷つけるような事を言うなど、なんて自分は最低な人物なのだろう。
自分ばかりが酷い思いをしていると、不幸だと思っていた。
でも自分よりも彼女は何倍も辛い思いをしていて、比べものにならない程酷な日々を過ごしていたのに。