恋するマジックアワー

ここに来れば、きっと逢えると思っていた。
でも、洸さんはここにいない。



「……」


暗い教室で茫然と佇む。
準備室から一筋の光がさしていて、それはわたしの足元まで伸びていた。

誘われるようにそっとドアノブに触れると、ギイイという高い音をたて扉が開いていく。


相変わらず少しだけ開いた窓。

凍えるような冷たさに、濃厚な油絵の匂いに包まれた。
乱雑に置かれた物の中に吸い込まれるように足を踏み入れると、まるでスポットライトを浴びたみたいに、布をかぶった1枚のキャンバスが目に入った。



ドクン


胸が鳴る。


いつか、洸さんが描いていた、あの絵を思い出す。

あの時隠したんだもん。
きっと、見られたくないに決まってる。

わたしだって、きっと怒る。

うん、……ダメ。だってもし、その事が洸さんに知られたら?
絶対怒る。嫌われちゃうかもしれない。

だから、見ちゃダメ。



…………、でも……。

ドクン ドクン


心音が加速する。


このキャンバスに描かれているものを知れば、洸さんに少しでも近づけるのかな……。


頭ではダメだったわかってる。
だけど、わたしの手はキャンバスを隠す布に触れていた。



――――……パサ……。


乾いた音を立てて、布が床に滑り落ちた。


冷たい空気の中でキラキラ光る粒子。

大きなそのキャンバスの中で
いつか見た、あの女の人が

真っ白なドレスを着て笑っていた…………。




「……きれ、い……」




これが、洸さんから見たあの人。


あーあ。
だから、見ちゃダメって……。
わたしって、ほんとばか……。


だけど、なにかが胸の中にストンって落ちてきた。

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