恋するマジックアワー
急いで体育館に行くと、すでにほとんどの生徒の姿があった。
まだ暑いって事もあって、校長の挨拶とその他の連絡事項を報告しただけで、すぐに始業式は終わった。
長い列の後ろ。
体育館の隅に並んだ先生達に視線を向ける。
その中に、さっきまで一緒にいた洸さんの姿を見つける。
後ろで手を結んで、ジッと前を見据えている。
分厚いメガネの向こう側は、窓から差し込む日差しを反射させて、なにも見えない。
こうして全校生徒が集まる機会は何度かあった。
それでも、『沙原洸』なんて先生の名前は聞いた事がなかった。
でも、よくよく思い出すとボサボサ頭のさえない先生がいた気がする。
まさか……その先生が、真帆さんの言ってた愛さんの弟で、わたしの同居人になるなんて。
パパは知ってるんだろうか。
それとも何かの手違いで、そうなってしまったんだろうか。
「……」
どっちにしても……。
もしこの事がパパにバレて、うちに連れ戻されたりなんかしたくない。
うまくやらなきゃ……。
一緒に住むのも、1年半。”たった”それだけ。
そしたらわたしは高校を卒業して、晴れて自由の身だ。
それだけをただひたすら、目立たないように過ごせばいい。
うん。大丈夫、なんとかなるよね。
洸さんも、内緒って言ってたし、わたしたちの同居を解消するつもりはないみたい。
『家賃全部払うの嫌だから』
そう言ってたのを思い出して、なんか腹が立つ気がしなくもないけど……。
うん……。
相手は大人で、先生。
生活ペースは違うだろうし、極力顔を合わせなければいいんだ。
わたしがしっかりしよう。
何も考えてなさそうな『沙原先生』と眺めながら、ひとり、そう心に決めたのだった。