恋するマジックアワー
ガチャ!
「――なんだ、先客か」
低くて、ダルそうな声にハッとして振り返る。
この爽やかな秋空の下、もっとも似合わない装いと表情をした人物が立っていた。
その人は、真っ黒な髪をかき混ぜながら、ボロボロの薄汚れたエプロンのポケットに何かをしまった。
……て、見えたんですけど。
電子煙草みたいなの、隠したよね?
最低……。
学校だよ?先生だよ?本当最低。
「あれぇ? 沙原っちだぁ」
「……」
さ、沙原っち?
やけに親しそうな留美子に、瞬きを繰り返してしまう。
そう、そこに立っていたのは、紛れもなくたった今話題の中心人物だった沙原洸さんだったんだ。
「ダメだよ、こんなトコでサボったりしちゃ」
「サボってるのは君らだろ。ここは立入り禁止のハズだけど」
「見逃して! ね?沙原っち」
「……いいから戻りなさい」
留美子が懐いてる……。
その事にもビックリだけど、先生声ちっさ!
風の音でほとんど聞こえないんですけど!
呆然とふたりのやりとりを眺めていると、留美子を見下ろしていたその瞳が不意にわたしを捕えた。
ドキーーーン!
って、違う違う!ドキンじゃない!
このタイミングで鮮明に蘇るのは、美術準備室での出来事。
つい先ほどなんですよね……。
わたしが気の迷いで、やたら無防備に寝てた洸さんにキスしちゃったの。
ううう。
黒縁メガネが、一瞬太陽の光を反射させてキラリと光る。
無言でわたしを見つめる、洸さん……じゃなくて”先生”。
声なき声で、『お前、今何言おうとした』って問いただされてる気分になる。
――……む。
タイミング良すぎて、フリーズしていた思考が一気に戻りあたしは留美子の手をとって慌てて屋上を後にした。
ああ、もぉ!
あれ、絶対聞いてたでしょ!