だから、恋なんて。
「この歳になると、今さら感が漂いますよね……でも、私はきちんとしますよ。それで、先輩をめちゃくちゃびっくりさせるんです」
いたずらを考えるようにふふっと笑いながら北住さんの話をする雫を見るのは何年振りだろう。
他人のもので、誰かのパパである人を、愛おしく思って笑顔で話せる。
出会ったころの雫は、それは楽しそうに好きな人の話をして、幸せそうに笑っていた。
あのころの雫は、まさかこんなに長く、一人の人に囚われるとは考えもしていたかったんだろうな。
普通に考えれば不毛な恋で、北住さんの奥様からしたら気分悪いだけなのかもしれない。
自分の夫を何年も想い続ける女がいるなんて。
きっと私がその立場でも、嫌な気持ちになるだろう。
それでも。
北住さんを盗ろうなんて思っていない、後輩の立場を利用して泣き落とすわけでもない。
酔った勢いでも何でも既成事実を作ろうと思えばそれができる立場にいても、手をつなぐわけでもキスをするわけでもない。
ただ……やめることが出来なかっただけ。
好きだという気持ちを、自分の心を、ずっと誤魔化さなかっただけ。
そんな雫が、笑って泣いて……どうか、きちんと終われるように。
そんなことを思いながら、ふと触れ合った雫の手をギュッと力任せに握った。