Heaven
その分厚い本を赤ん坊の右手に向けた途端、本の表紙が発光する。

赤黒く禍々しい光が赤ん坊の右手を照らし、まるで高熱のバーナーで炙られたかのようにブスブスと燻り、肉を焼き、煙を上げる。

「いぎゃあぁぁあぁあっ!」

悲鳴を上げる赤ん坊。

その痛みに思わずカタリナから手を放す。

「痛い!痛いよお母しゃん、何しゅるの、優しくしてくれなきゃ嫌らよっ」

「…悪魔に慈悲は必要ありません」

右肩の傷を庇う事もせず、カタリナは本を向けたまま言う。

彼女が持つのは、アブドル・アルハズラットにより書かれたアラビア語のネクロノミコン原書『アル・アジフ』。

複雑多岐にわたる魔道の奥義が記されている魔道書、ネクロノミコン。

その原典であり、狂える詩人アブドル・アルハズラットにより、730年にダマスカスにおいて書かれた。

アラブ人が魔物の鳴き声と考えた夜の音(昆虫の鳴き声)をあらわした言葉であると定義されているその原書は、その魔力故か魔道書そのものに邪悪な生命が宿る事もあるという。

太古には『時を越え』たり『地下の大軍を出現させ』たりする力を顕現させ、またある時代にはアル・アジフの不完全な英語版が異世界からの怪物を召喚させる為に用いられ、逆にそれを撃滅する為にも用いられた。

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