山神様にお願い


 何とか吐き気を飲み込んで、阪上君を見上げた。

 阪上君は心配そうな色を目元に浮かべて私を見ている。

「・・・・わ、私は」

「うん」

「・・・私、は、あなたの家庭教師なのよ。だから、あなたを男性としてみたとはありません」

 一気に言った。だって、これは本当のことだ。そこの線引きはしっかりしないといけない。でないと、ここでは働けない。阪上君はちょっと下唇を噛んで、暗い顔をする。

「僕は、いつでもひばりセンセーは女の人だったよ」

「私は違う」

「じゃあ生徒じゃなかったら、男としてみてくれるの?」

「いや、見れな――――――」

「なら」

 阪上君が、口角だけをひゅっと上げて私を見下ろした。目が笑ってなかった。その瞳の中で、何とも言えない黒い光りが動くのが見えた気がした。

「センセーは、いつまでも離してあげないよ」

 ――――――――はい?

 私はぽかーんと彼を見上げる。まるで、知らない子みたいだった。暗い大人の目をして、口元だけが笑った顔で。境界線ギリギリに立って、阪上君が話す。

「就職も邪魔してやる。内定取り消しになるような噂話を会社へファックスで流すよ。大学にも電話する。ずっとつきまとって、僕を男としてみてくれるまで、いつまでも勉強を教えて貰うことにするよ」


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